コラム

ドイツでベーシック・インカムの実証実験が始まる──3年間、月15万円支給

2020年08月24日(月)16時30分

加速するUBI実験

UBIをいかにして成功させることができるのか?懐疑論と肯定論が交差する中、コロナ危機はこの施策の検討を加速させてきた。ローマ法王や国連開発計画(UNDP)が、危機の間に貧困に脅かされている人々を救うために、各国政府にベーシック・インカムの導入を求めたことも大きな要因である。

私たちの時代の大きな課題の1つは、社会の富と貧困の二極化を制限し、より多くの人々に社会参加の機会と真の平等を可能にすることだ。UBIがこれらの目標を達成するための未来志向のツールになり得るかどうか、それを知る機会は、社会科学の研究と調査に委ねられている。

フィンランドのUBI実証実験は、めぼしい成果はあったものの、資金調達が最重要の課題として残っていた。スイスの国民投票でUBI導入は否決されたが、ドイツではまだ研究が必要とされている。ドイツ経済研究所 (DIW) の研究員であるユルゲン・シュップ博士は、「これまでの世界規模の実験は、現在のドイツでの議論にはほとんど役に立たない。この研究は、何年にもわたって行われてきた無条件ベーシック・インカムに関する理論的議論を、社会的現実に変える大きな機会である」と述べている。

ベーシック・インカム施策の核心

人々にお金を与えるだけで、それがすべての人に良い影響を及ぼすとは限らない。人々は非常に異なる存在である。人々は与えられたお金でアルコールを購入し、家に閉じ込もるかもしれない。社会的に恵まれない若者の大規模なグループに、お金を与え、彼らがそれによって社会に参加することを期待するだけでは意味がない。つまり、UBI政策とは、資金の提供と同時に、彼らに対する持続的な社会参加への支援が必須なのだ。

ドイツの実験を後押しするように、欧州連合(EU)全体としての調査の取り組みも2020年9月25日から始まる。これは、「無条件ベーシック・インカムに関する欧州市民イニシアチブ(ECI)」と呼ばれ、「EU全体でUBIを開始する」ための準備となる取り組みである。これには、EU市民の署名収集ページへのリンク、EU市民のイニシアチブに関する一般情報、UBIイニシアチブに関する特定の情報、無料のアプリケーションと議論資料、キャンペーン・アライアンスに関与する組織の概要とサポーター・リストが含まれている。

EUのイニシアチブに貢献するドイツの目的は、少なくとも30万人の賛同署名を集めることである。UBIが将来実現可能な施策であるか否かは、ドイツで始まる実証実験の成果にその命運が託されている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、2カ

ワールド

米・ウクライナ鉱物協定「完全な経済協力」、対ロ交渉

ビジネス

トムソン・ロイター、25年ガイダンスを再確認 第1

ワールド

3日に予定の米イラン第4回核協議、来週まで延期の公
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story