コラム

ドイツでベーシック・インカムの実証実験が始まる──3年間、月15万円支給

2020年08月24日(月)16時30分

ベーシック・インカムは実現できるのか?

ベーシック・インカムの概念は、今から500年以上前にさかのぼる。それは、英国の人道主義者トーマス・モアが、代表作『ユートピア』の中で触れていたアイデアだった。当時のアイデアは、泥棒や盗難の原因を打ち消すための、つまり貧困と悲惨さを解消する方策だった。

ベーシック・インカムは、歴史の区切りでも繰り返し議論されてきた。「1848年革命」として知られるヨーロッパ各地で起きた社会主義革命、2つの世界大戦の前後にも、そしてベルリンの壁の崩壊を中心に議論は続いてきた。そしてコロナ危機によって、ベーシック・インカムは世界中で検討され、ますます関心が高まっている。

2016年、スイスではベーシック・インカムの導入の是非を問う国民投票が実施されたが、市民は否決を選んだ。UBIを実現するための最大のハードルはその資金調達であり、人々は働く意欲を失って、怠惰に生活するだけだという懐疑論も根強いことが明らかとなった。

フィンランドでは、2017年1月より、無作為に抽出した失業者2,000人にベーシック・インカムを2年間、実験的に支給した。その額は月に560ユーロ(約7万円)で、充分な額ではなかったことから、この実験を失敗だったと評価する報道もあった。しかし、フィンランドの政策担当者は、すくなくとも一定の効果が認められたと主張し、現在でも検証作業が行われている。

一方、UBIについては非常に肯定的な議論もある。それは人間の前向きな可能性に基づいている。人間は社会的な存在で、彼らはコミュニティの一部となることで充実感を見出し、社会に貢献する本質的な動機を持つ。UBIのような社会システムの導入は、こうした動機を強化するという主張である。UBIは、人々の創造性や就労意志、社会参加などに、前向きなインセンティブを与えるというのが肯定論の主旨である。

UBIエコシステムの先端都市ベルリン

ベルリンはUBIのホットスポットである。暗号通貨やブロックチェーン技術を駆使したUBIエコシステムをめざすGoodDollarは、起業家、技術者、慈善家であるヨニ・アッシアによって2018年に創立された。富の格差という課題に対処するための技術革新をめざすアッシアは、2000年代半ば以来、ベーシック・インカムと富の資本配分に対するさまざまなアプローチの擁護者だった。

takemura0824a.jpg

ベルリンのベーシック・インカム支援組織GoodDollarの創設者ヨニ・アッシア (C)GoodDollar

アッシアは、資本市場への進出を果たすため、2007年にeToroを起業し、今では100か国以上から1,200万人以上の登録ユーザーがいる世界最大のソーシャル投資ネットワークに成長した。GoodDollarは、新しいデジタル資産テクノロジーを通じて、世界共通のベーシック・インカムを実現するための持続可能なフレームワークを作成している。

さらにベルリンは、オープンUBIコミュニティと呼ぶ最先端UBI技術の中心地でもあり、グローバルにアクセス可能なUBI用の電子暗号通貨"Circles"も開発されている。将来UBIが実現すれば、現金の代わりに暗号通貨で支払われる可能性もある。

ドイツでは、UBIを求めるオンライン請願書に、すでに40万人を超える支持者が署名している。首都ベルリンでは、多くの人々がコロナ危機の間に自らの生存を確保するために、UBIの実施を政府に要求するデモも盛んである。以前は社会主義のユートピア理念であったものが、具体的な政策として、複数の国家がベーシック・インカムの導入を真剣に考えはじめていることの変化は見逃せない。

takemura0824c.jpg

ベルリンで日常的な市民デモ。UBI実施を政府に求めるデモも頻繁に行われている 撮影:武邑光裕

.

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story