ジョセフ・ナイが遺した「ソフトパワー」...トランプ再登場でその理想も静かに幕を閉じる
THE LOSS OF NYE’S WORLD
95〜2004年には、ハーバード大学ケネディ政治学大学院の学長を務めた。近年はアスペン研究所で「アスペン戦略グループ」を編成し、カオスにしか見えない世界に秩序と意味を見いだそうとしていた。
ナイはアメリカのパワーの将来性に希望を持ち続けていた。だが人生の終わりが近づき、彼はアメリカの衰退の可能性という問題と真剣に向き合った。
昨年出版した回顧録『A Life in the American Century(アメリカの世紀における人生)』では、アメリカの支配はあと数十年は続くかもしれないが、自分の生涯で見てきたものとは異なる形になるだろうと結論付けている。
ナイは先見の明を持って書いている。今はアメリカの将来に関する懸念の多くは中国に関係したものだが、自分の「より大きな懸念」はアメリカのソフトパワーを損なう可能性のある「国内の変化」にある──。
「国家というのは、たとえ対外的なパワーが依然として強くとも、他者にとっての美徳と魅力を失い得る」
ナイが構築を助けた理論の基盤は、アメリカの過去8年の動きによって修復不能なほど腐食した。第1次トランプ政権は、アメリカの権力の傲慢で気まぐれで、時には冷酷な一面を世界に示した。
謙虚になったバイデン政権は、アメリカが「戻ってきた」と宣言した。だが多極化と争いが激化する世界において、より控えめで協調的な外交姿勢と、説得力を持ってパワーを行使する能力の両立に苦心した。