最新記事

感染症対策

新型コロナウイルス・ワクチンに潜むリスク 開発焦れば逆効果も

2020年3月17日(火)12時41分

製薬各社は一刻も早く新型コロナウイルスのワクチンを開発しようと全力を挙げているが、科学者や医療専門家は、ワクチン開発を急ぐと一部の患者については却って悪化させる結果になるのではないかとの懸念を抱いている。図像は3月11日、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのサラエボで作成(2020年 ロイター/Dado Ruvic)

新型コロナウイルスが急速に拡大し、感染者数が世界全体で10万人を超えるなかで、製薬各社は一刻も早くワクチンを開発しようと全力を挙げている。

だが実は、科学者や医療専門家は、ワクチン開発を急ぐと、一部の患者については、感染を予防するどころか、却って悪化させる結果になるのではないかとの懸念も抱いている。

複数の研究によれば、コロナウイルス・ワクチンには、「ワクチン増強(vaccine enhancement)」のリスクが付きまとう。つまり、ワクチン投与を受けた人がウイルスに接した場合に、実際には感染を防ぐどころか、ワクチンのせいでさらに重症化してしまう状況だ。このリスクを引き起こす仕組みは十分に理解されておらず、コロナウイルス・ワクチン開発の成功を阻む障害の1つとなっている。

通常、研究者は動物実験によってワクチン増強の可能性をテストする。だが、新型コロナウイルスの拡大に緊急に歯止めをかけることが求められているせいで、一部の製薬会社はこうした動物実験の完了を待たずに小規模な臨床試験へと直行しつつある。

ベイラー医科大学熱帯医学部長のピーター・ホーテズ博士は、「一般論としてワクチン開発のサイクルを加速することの重要性は分かるが、私の知る限りにおいて、この(新型コロナウイルスの)ワクチンについては急ぐべきではない」と語る。

ホーテズ博士は、2003年に大規模な感染を起こしたSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスのワクチン開発に携わったが、ワクチン投与を受けた動物をウイルスに曝露させた場合、非投与の動物に比べて疾病が重症化する例があることを確認した。

「免疫増強(immune enhancement)のリスクがある」とホーテズ博士は言う。「そのリスクを低減する方法は、まず、実験動物でそれが発生しないようにすることだ」

ホーテズ博士は先週、連邦下院の科学・宇宙・技術委員会において、ワクチン研究の予算を維持する必要性について証言した。過去20年間に感染拡大を起こした新型コロナウイルスのいずれについても、いまだにワクチンは存在しない。

少なくとも今のところ、世界各国の専門家は、ウイルス開発に向けた試験を加速することには、リスクを取るだけの価値があると結論づけている。

新型コロナウイルスへのグローバルな対応を調整ことを意図して2月中旬に特別招集された世界保健機構(WHO)の会合では、世界各国の国営研究機関や製薬会社を代表する科学者らが、脅威の大きさに鑑みて、ワクチン開発担当者は動物実験の完了前に早急に臨床試験に移るべきだ、という点で合意に達した。会合に出席した4人の参加者がロイターに語った。

会合の共同議長を務めた元WHO副事務総長のマリーポール・キーニー博士はロイターに対し、「一刻も早くワクチンが欲しいという希望がある」と語った。「その希望と、ごく少数の人々に与えるリスクとのバランスを考えなければならない。そして、そのリスクをできるだけ緩和するために、あらゆる手を尽くす必要がある」

WHOは、メディアには非公開とした同会合の結論を公式に発表していない。WHOはグローバルな医療政策の策定を支援する責務を負う国連機関だが、この会合の結論は、WHOがとっている公式の立場を何ら反映するものではない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 5

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 8

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 9

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中