最新記事

軍事

福澤諭吉も中江兆民も徴兵制の不公平に注目した──日本における徴兵制(4)

2019年7月26日(金)11時45分
尾原宏之(甲南大学法学部准教授) ※アステイオン90より転載

branex-iStock

<高官や金持ちの子は兵役を免れ、戦地の前線に行かなくて済むという「不公平」。また、学校に行ったり、家庭を助けるために軍隊に志願する「経済的徴兵制」の議論は明治時代からあったことを尾原宏之・甲南大学准教授が指摘する。論壇誌「アステイオン」90号は「国家の再定義――立憲制130年」 特集。同特集の論考「『兵制論』の歴史経験」を4回に分けて全文転載する>

※第1回:徴兵制:変わる韓国、復活するフランス、議論する日本──日本における徴兵制(1)
※第2回:明治時代の日本では9割近くが兵役を免れた――日本における徴兵制(2)
※第3回:志願兵制と徴兵制はどちらが「自由」なのか?――日本における徴兵制(3)

中江兆民と福澤諭吉

徴兵制が抱え続けた「不公平」という問題もまた、多くの論者の関心を集めた。中江兆民は、論説「土著兵論」(明治二一年)のなかで、徴集されて死の危険にさらされるのは結局「小民の子弟」ばかりであると指摘している。高官や金持ちの子弟は徴兵令の免役・猶予条項を利用して兵役を免れるからである。福澤諭吉もちょうど同じころ、勅任官の子弟が徴兵に応じたという話をまったく聞いたことがないと手紙に記している。

兆民は、この不公平を是正し、常備軍を各地に駐屯させる費用を軽減するために、民兵制の導入を主張した。普段は自分の職業についている国民が、それぞれ居住地域の「調錬日」に集まって操銃や隊列運動の訓練を行う。全国の男子が日常生活のなかで訓練を重ねることで、ある程度の軍事技術と、愛国心、勇気、心身の壮健が得られる。日本中に民兵が充満することになるので、外敵が攻めてくればみな決起し、容易に敵を撃退することができる。

このような民兵制に基づく防衛構想は、主著『三酔人経綸問答』(明治二〇年)にも見られるもので、カントやルソーの常備軍廃止論、民兵論からも影響を受けたものと思われる。字義通り(男子)全員が軍事に平等に参加する、明治期兵制論の極点をなす主張であった。

福澤諭吉も、兆民と同じく不公平の是正をとば口として兵制の問題に介入した。福澤は明治一六年四月、みずからが創刊した日刊紙『時事新報』において徴兵論を発表する。この論説は翌年『全国徴兵論』という小冊子の一部となって刊行された。

福澤はこの論説で、「全国兵」(国民皆兵)こそが望ましい兵制であると主張する。第一に大量の兵を作り出すことができ、第二に公平であり、第三に国民の士気を向上させるという三つの利点があるからである。福澤は、全国民男子が兵役の義務を負うことは自明として議論を展開する。

ところが福澤は、小野梓と違って実際に国民皆兵制軍隊を構築せよとはいわない。たしかに、男子全員に兵役義務はある。しかしその義務は、金銭納入によっても果たすことができると主張するのである。

福澤の構想は次のようなものだ。男子は二〇歳になった時に、三年間現役兵として服役するか、三年間にわたって「兵役税」(試算では年五円、総計一五円)を納付するかを選択する。当然、多くの者が「兵役税」納付を選ぶので、結局は貧困層だけが三年間の兵役を担う不公平が生じるだろう。そこで、現役兵になる者には除隊時に「兵役税」を原資とした給付金(一名につき一〇〇円)を支払う。現役に応じる者が少なければ「兵役税」を引き上げて給付金を増額すればよいし、逆に現役に応じる者が多すぎれば体格要件を厳しくして優良な人材を選抜すればよい。

要するに、臆面もない「経済的徴兵制」のすすめである。現代の「経済的徴兵制」が一応は本人の志願を前提とするのに対し、福澤の「兵役税」論では、「兵役税」を払えない貧困層は自動的に服役になるから、より強制性が高い。当時の徴兵令では、不幸にも徴集された者にはなんの利益もないのに対し、福澤の説では給付金をもらえるというメリットはある。福澤は別の論説で「凡そ人間世界に銭を以て売買す可からざるものは殆んど稀なり」と述べていた。世の中に金で買えないものはほとんどない。兵役の苦痛も、結局のところ金銭で補償できるということであろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ

ワールド

イスラエル、イランガス田にも攻撃 応酬続く 米・イ

ワールド

米首都で34年ぶり軍事パレード、トランプ氏誕生日 

ワールド

米ミネソタで州議員が銃撃受け死亡、容疑者逃走中 知
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中