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福澤諭吉も中江兆民も徴兵制の不公平に注目した──日本における徴兵制(4)

2019年7月26日(金)11時45分
尾原宏之(甲南大学法学部准教授) ※アステイオン90より転載

だが福澤は、自身の徴兵論にもうひとつ別の装置を用意していた。「兵役税」だけだと貧困層のみが軍隊に入り、大半の者はなにもしなくて済む。それでは日本という国が「文弱」に流れてしまう。そこで、「兵役税」を納付して徴集を免れた者も、適当な時期に三カ月間だけ短期入営して訓練を受けるようにする。

つまり、全国民男子が兵役義務を果たす方法はふたつある。ひとつは、実際に現役兵となって三年間の兵役を担うことである。もうひとつは「兵役税」納付と三カ月の短期入営を経験することである。

この福澤の構想がもし実現しても、ほとんどの国民が短期入営以外の拘束を免れるので、福澤の最重要視する経済活動や教育が兵役によって妨害される懸念は少ない。また、ほとんどの者が「兵役税」を納入するので、陸軍兵力の強大化にブレーキがかかり、小規模常備軍の維持が続くことになる。福澤は海軍拡張論を支持する傾向が強いことも、この構想の背景にはあるだろう。

「兵制論」の遺産

明治期とくに憲法制定・議会開設以前の民間の徴兵論は、戦後七〇年以上こういった問題と直接向きあう必要がなかった日本社会に対して、いくつかの示唆を与えてくれるように思われる。

第一に、現在の政権が推進しようとしている憲法改正について。結局、明治期になって登場した兵役義務と徴兵制は、国民のコミットメントが不在のまま定められた。現政権は、自衛隊を憲法に明記する形での憲法九条改正を模索しているようである。だがそれは憲法改正という国のありかたに関わる重大問題をなるべく低いハードルで飛び越えようとするもののように思われる。まだ固執している人も多い戦力不保持の建前はもう無視ということでよいのか。国防を自衛隊だけに委ね、国民はなんの負担もしなくていいのか。こういった議論がいま行われないとすれば、今後その機会は永遠とはいわないまでも長期にわたって失われるだろう。現状を追認する形での自衛隊明記案が国民投票で勝利を得ようと敗北しようと、そのことは変わらない。

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