最新記事

袋小路の英国:EU離脱3つのシナリオ

ブレグジット秒読み、英EU離脱3つのシナリオ

Women on the Verge

2019年2月7日(木)06時45分
ジョナサン・ブローダー(外交・安全保障担当)

ヨーロッパにメイの苦悩を理解できる指導者がいるとしたら、同じく「統一ヨーロッパ」を支持する強い女性指導者であるメルケルだろう Yves Herman-REUTERS

<EU離脱に悪戦苦闘するメイ英首相と、極右やトランプと戦うメルケル独首相。ヨーロッパはどうなるのか。暗雲漂うブレグジットの3つのシナリオとは>

※2019年2月12日号(2月5日発売)は「袋小路の英国:EU離脱3つのシナリオ」特集。なぜもめている? 結局どうなる? 分かりにくさばかりが増すブレグジットを超解説。暗雲漂うブレグジットの3つのシナリオとは? 焦点となっている「バックストップ」とは何か。交渉の行く末はどうなるのか。

◇ ◇ ◇

昨年12月11日、雨降りしきるベルリンで、1台のベンツがドイツ首相官邸に到着した。後部座席にはイギリス首相テリーザ・メイの姿。ブレグジット(イギリスのEU離脱)協定案の議会採決を延期して欧州3都市歴訪の旅に出て、さらなる譲歩を引き出す考えだった。

アンゲラ・メルケル独首相は入り口のレッドカーペットでゲストを待ち受けていた。ところが係官が車のドアに手を掛けても、どうしたわけか開かない。何度か試した後で、ようやくメイは降りることができた。

気まずい一瞬だった。このトラブルに、2016年6月の国民投票で決まったブレグジットの実現に向けて悪戦苦闘するメイの状況を重ね合わせる向きもあった。反EUのイギリス人たちは、ブレグジット推進派のマイケル・ゴーブ英環境相の警告を思い出した。彼は言ったものだ、イギリスがEUにとどまれば国民は「車の後部座席に閉じ込め」られたも同然だと。

今回の訪問でメイは新しい譲歩を得られなかったが、メルケルをはじめとする主要な指導者に、自分の考える「ソフトブレグジット」(イギリスとEUが離脱協定に合意した上での離脱)の構想を受け入れさせることができた。例えばEUからの段階的な離脱、イギリスにいるEU市民とEU域内にいるイギリス市民の法的保護、北アイルランド(英国の一部だ)とアイルランド共和国(EU加盟国だ)の間に物理的な国境を復活させないことなどだ。

しかし母国に戻ったメイにはもっと冷たい仕打ちが待っていた。メイが持ち帰った離脱協定案は1月15日の下院での採決で、反対432票、賛成202票という歴史的な大差で否決された。メイが率いる保守党はブレグジットをめぐって分裂し、議会は離脱に向けた青写真をまとめられず、各派が国民投票直後に示した案を再び持ち出す始末。事態は行き詰まった。

政権への不信任案は否決できたが、ブレグジットの行方が決まらない限り首相の傷は癒えず、指導力を発揮するどころではない。

「信じられないような大差(の否決)によって......英国は合意なき離脱に向けて漂流し始め、どの政党も過半数を得られず、自分たちの選んだ道を行くこともできない」。米政治ニュースサイト、ポリティコの英国特派員トム・マクテーグはそう書いた。「今のテリーザ・メイには、目標はあっても戦略がない。かつてチャーチルが言ったように、今は『死ぬ気でやる』しかない」

ヨーロッパにメイの苦悩を理解できる指導者がいるとしたら、それはメルケルだろう。2人とも「統一ヨーロッパ」を支持する強い女性指導者だ。

magSR190207women-2.jpg

1つの欧州を目指し57年に欧州経済共同体の設立に合意 BETTMANN/GETTY IMAGES

ヨーロッパ諸国の経済的パートナーシップという理念は、この大陸が荒廃した第二次大戦後に、悲惨な戦争の繰り返しを絶つために生まれた。

以来、28カ国で構成するEU域内では人やモノが自由に行き来している。EUには欧州議会があり、加盟国共通の基準を設けている。おかげでヨーロッパの大部分は平和を享受してきた。

【関連記事】ブレグジット後の英国は「海の覇者」として復活する

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 6
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 7
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 8
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中