最新記事

袋小路の英国:EU離脱3つのシナリオ

ブレグジット秒読み、英EU離脱3つのシナリオ

Women on the Verge

2019年2月7日(木)06時45分
ジョナサン・ブローダー(外交・安全保障担当)

皮肉なことに、EUの強力な擁護者であるメルケルとメイが、EU分解の不安を引き起こしたのかもしれない。2人とも自国の庶民の気持ちを見誤ったと言われている。庶民には欧州統合よりも自分たちの利益や経済的な困窮のほうが切実な問題なのだ。

メルケルの失敗は、2015年の難民受け入れ政策を国民の大半が歓迎すると計算違いしたこと。メイの失敗は(自身は国民投票では残留に賛成したのに)心ならずもブレグジット実現の任を引き受け、自分のまとめたソフトブレグジットの構想を離脱派が受け入れてくれると甘く考えた点にある。

magSR190207women-3.jpg

昨年10月のEU首脳会議は難民問題で紛糾した REUTERS

メルケル政策がメイを苦境に

2人の思惑は外れ、今やナショナリズムと移民排斥の大波を受け、指導者としての威信が傷つき、EUの未来を危うくしている。ドイツの極右政治家には「デグジット(ドイツのEU離脱)」を口にする者もいる。

「私のキャリアを通じて、今ほどヨーロッパが心配な時はない」と本誌に語ったのは、オバマ前米政権の国家安全保障会議で欧州担当だったチャールズ・カプチャン。一部には、メイの現在の窮状はメルケルが100万人以上の難民を受け入れ、多額の資金を投じたことが遠因だという見方もある。

世界のリーダーは当初、メルケルの政策を人道的だとたたえた。しかし最終的には、難民の大量流入に音を上げたハンガリーやイタリアなどで反移民の動きが活発化。各国で極右政党が台頭した。2015年の大みそかの晩にドイツ6都市で起きた外国籍を含む男たちによる女性への性的暴行事件も、この流れに拍車を掛けた。

イギリスでも保守派がEUの環境、運輸、消費者保護、携帯電話料金などへの規制にいら立っていたが、難民危機をきっかけにEUへの激しい抵抗運動が起き、極右はイスラムへの反感をあおった。こうした不満と抗議が、国民投票の結果につながった。

magSR190207women-4.jpg

2016年の大みそかに厳戒態勢を敷くドイツのケルン市警 MAJA HITIJ/GETTY IMAGES

国民投票前まで内相を務めていたメイは、EU加盟の経済的恩恵を力説していた。しかし国民投票で敗れたデービッド・キャメロン首相の辞任を受けて保守党党首に就任し、メイ政権がスタート。メイは国民の意思であるEU離脱を遂行すると誓い、離脱による経済的衝撃を和らげるためにEU指導者から多くの譲歩を勝ち取り、2年間の猶予も取り付けた。

しかし、その先が見えない。シナリオはいくつかあるが、混乱は必至だ。例えばボリス・ジョンソン前外相らが主張するように、「ハードブレグジット(合意なき離脱)」を選ぶ道もあり得る。しかし経済への大きな痛手を伴うため、議会の支持は得られないだろう(1月29日に英議会は合意なき離脱を拒否するとした提案を可決した)。イングランド銀行(日銀に相当)の2018年11月の報告によれば、ハードブレグジットなら失業率が7.5%に上昇し、住宅価格は30%ほど下落、通貨ポンドも下落し、経済は今年末までに8%ほど縮小する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

TSMC、熊本県第2工場計画先延ばしへ 米関税対応

ワールド

印当局、米ジェーン・ストリートの市場参加禁止 相場

ワールド

ロシアがウクライナで化学兵器使用を拡大、独情報機関

ビジネス

ドイツ鉱工業受注、5月は前月比-1.4% 反動で予
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中