最新記事

テロ

フィリピン、イスラム教徒の自治認める投票めぐり爆弾テロで21人死亡 報復テロも発生、泥沼化の恐れ

2019年1月30日(水)20時45分
大塚智彦(PanAsiaNews)


30日にザンボアンガのイスラム教寺院で起きた報復とみられる手榴弾爆破が発生。事件について伝える現地メディア ABS-CBN News / YouTube

バンサモロ基本法住民投票への反発か

フィリピンでは南部のイスラム教徒が多数居住する地域を中心に自治権を求めて中央政府との紛争が続いていたが、2018年7月に両者が和解。イスラム自治政府を創設する「バンサモロ基本法」が成立した。これを受けて自治政府への参入の可否を問う住民票が1月21日にミンダナオ島の北ラナオ州、コタバト州、スルタン・クダラット州、島嶼部のバシラン州、スールー州とコタバト市、イザベル市などで実施された。

これまでの集計結果では登録投票者198万人のうち148万人がイスラム自治政府への参加に賛意を示した。賛成多数の地域では2022年の創設を目指す自治政府で、外交や国防以外の権限を有することになる。

ところがスールー州では反対票が52%と賛成票を上回ったものの、各州各市の個別集計ではなく全体の集計結果で決まることから、スールー州の投票結果が反映されない事態となっていた。

このためスールー州を拠点とする「アブサヤフ」は「政府主導の和平プロセスへの不満」や「自治政府に認められる権限が不十分」であるとして強い不満を抱いていたという。

さらに自治政府創設に前向きで政府との交渉を主導しているミンダナオ島のイスラム教過激派組織「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」への反発も「アブサヤフ」内部にはあったとされ、今回の爆弾テロと住民投票との関連を治安当局は調べている。

大統領、テロ根絶に強硬な姿勢表明

現場を視察したドゥテルテ大統領は「私はいつも言っている。アブサヤフや新人民軍(NPA)、麻薬犯罪組織などの国家の敵を根絶、殲滅しろと。彼らを懲らしめなければならない」と強い姿勢を示した。

そのうえで事件について「アブサヤフによる自爆テロ」との見方を示し、「いかなる方法でも構わないのでアブサヤフという組織を徹底的に破壊、殲滅せよ」との指示を出した。治安部隊に対しては「行け、そして殺せ。(敵の)投降は認めない。なぜなら投降した彼らに食事を提供しなければならず費用がかかるからだ」と激しい調子でテロに対する憎しみの感情を吐露した。

フィリピン国軍のノエル・デトヤト広報官によるとザンボアガ、バシラン、ホロなどのキリスト教会に対するテロの情報が寄せられていたため、2018年8月から警戒監視を強めていたという。今回爆弾テロの被害にあった教会にも24時間態勢で警戒態勢がとられていたため「犯人がどうして教会内部に入れたのか、警備していた兵士が死亡したので原因は不明だ」と地元紙に話している。

フィリピン捜査当局は報奨金の金額は近く発表するとしながら、爆弾テロの犯人、犯行組織に結びつく情報提供を国民に呼びかけている。

日本外務省はスールー州などフィリピン南部に対しては「危険情報レベル3(渡航中止勧告)」を出して注意、警戒を呼びかけている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 台湾有事 そのとき世界は、日本は
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月26日号(8月19日発売)は「台湾有事 そのとき世界は、日本は」特集。中国の圧力とアメリカの「変心」に強まる台湾の危機感。東アジア最大のリスクを考える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国首相、消費促進と住宅市場の安定を強調 経済成長

ワールド

トランプ氏「米にとり栄誉」、ウクライナ・欧州首脳ら

ワールド

ロシア、ウクライナに大規模攻撃 ゼレンスキー氏「示

ワールド

郵送投票排除、トランプ氏が大統領令署名へ 来年の中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する…
  • 5
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 6
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    40代は資格より自分のスキルを「リストラ」せよ――年…
  • 9
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中