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民主主義

【往復書簡】英米でポピュリズムが台頭したのはなぜか

2017年7月10日(月)16時55分
ビル・エモット、ジョナサン・ラウシュ、田所昌幸(※アステイオン86より転載)

マクロ経済の指標でみれば英米両国の経済は決して悪くはないのに、なぜポピュリズムがこの両国で力を持ったのか(7月8日、G20にて) Carlos Barria-REUTERS


<論壇誌「アステイオン」86号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月18日発行)から、同誌編集委員長の田所昌幸・慶應義塾大学法学部教授、国際ジャーナリストのビル・エモット氏、米誌『アトランティック』編集者のジョナサン・ラウシュ氏による往復書簡「今度ばかりは違うのか? リベラルデモクラシーの危機」を2回に分けて転載する。
 英EU離脱に米トランプ政権誕生。自由民主主義・資本主義の旗頭だった両国で内向きのポピュリズムがこれほど力を持ったのはなぜか? 田所氏の問いかけに対し、それぞれロンドン、ワシントンを拠点とするエモット氏、ラウシュ氏の回答は――>

【参考記事】小池都政に「都民」と「民意」は何を求めているのか
【参考記事】国民投票を武器に跳躍するヨーロッパのポピュリズム政党
【参考記事】トランプでも変わらない、アメリカの強固な二大政党制

ビル、ジョナサンへ

 前回ビルと意見を交換した昨夏には、大方の予想同様、まさかトランプがアメリカ大統領選で勝つとは思ってなかった。その頃は、イギリスの新首相のテリーザ・メイは、「ソフト」な欧州離脱をやろうとするか、ことによるとEU条約五〇条の発動をずっと伸ばし伸ばしにして、欧州離脱を事実上骨抜きにするかもしれないと思っていたくらいだ。でも議会の承認も受けたようだし、今やEUからきっぱりと離脱する交渉を始める覚悟のようだね。あの頃には、さしあたって世界最大の不安定要因はヨーロッパ内部にあって、とりわけイタリアではないかと思っていた。前回ビルも言っていたが、マッテオ・レンツィ首相は、一二月の国民投票での敗北を受けて辞任してしまったけれど、それもこれも今はドナルド・トランプが米大統領になったことの前で、霞んでしまったようだ。昨夏にはイギリスとヨーロッパの問題だと思っていたものが、今や文字通り世界的な問題だということが、明らかになったようだ。

 イギリスとアメリカで起こった一連の出来事はどう解釈すればいいのだろうか。格差が拡大し、社会のまとまりが失われ、移民問題が深刻化し、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の役割が拡大してきたといったことが語られている。それはみなその通りなのだとは思うけれど、内向きのポピュリズム(大衆迎合主義)がいまイギリスとアメリカでここまで力を持ってきたのはなぜなのかな。なんといっても英米の両国は、長きにわたって自由民主主義、資本主義それに自由貿易の旗頭だったのではないだろうか。イギリスからアメリカに引き継がれた世界での覇権は、もちろん軍事力や経済力に支えられてきたのは事実だが、それだけではなくジャーナリズムや学界から今や事実上の世界標準語になった英語を通じて投射した様々な知的影響力や、何よりも政治経済モデルを世界に示したことによって維持されてきたはずだ。アメリカ人から、ことあるごとに政治、経済それに報道の自由をどうすればいいのか説教されるにはうんざりすることもあるが、我々日本人も世界の他の多くの人々同様、中国やロシア帝国が支配する世界よりも、英米型のモデルで運営される世界の方がずっといいと思っている。

 実際のところ両国の実績は、ちっとも悪いように見えない。マクロ経済の指標で測れば英米両国の経済実績は他の先進諸国よりも全般的には良さそうだ。イギリスもアメリカも、外部から存立にかかわるほどの脅威にさらされている訳ではない。移民については、むしろイギリスとアメリカは、社会的統合では大体の国よりも比較的成功しているのではないかしら。そもそも移民ほどアメリカ的な現象はないし、ロンドンの現市長だってムスリムではないか。

 プロスペクト理論という心理学の理論によると、人間が無茶な行動にでるのは、苦痛を避けるためであって、利益を得るためではないことの方が多いのだそうだ。だとすると、英米両国民がここまで危険の高い選択を、しかも民主的な手続きに沿ってしたのは、不思議だ。どう考えても、イギリス人もアメリカ人も、現在地球上に居る七〇億人の人類の中で、もっとも特権的な人々なのだから。

 民主主義と言えば、イギリスの国民投票でもアメリカの大統領選挙でも、公に展開された議論の質や品格が、これが民主主義の本家の議論かと思わせるようなものだったね。確かに民主主義も権力闘争だし、時には醜いやりとりになるのも判るけれど、民主主義が機能するには、制度の根幹部分を政治的立場を越えて尊重する態度が欠かせない。政敵にも最低限の敬意は払わなくてはいけないし、基本的事実についても、党派を超えた認識が共有されないと機能しないだろう。でなくては、市民が物事を解釈したり価値判断したりするときに、基礎がなくなってしまう。しかしイギリスでもアメリカでも、既存の老舗のマスコミに対する不信が、国民の中の相当部分で強くなっているようで、「もう一つの現実」も相当受け入れられている。イギリスとアメリカは、言論の自由、報道の自由、そして自由な議論や優れた専門家が多数いるといったことで、市民が最終的な判断する際に一番優れた制度がある国だと、ずっと言われてきたはずではなかったのだろうか。

 ことによると、大袈裟に考え過ぎているのかもしれない。英米で起こったことは、たまたまた同じ年に起こっただけで、それぞれの国に特有の経緯や力学が作用していたのかもしれない。「今度ばかりは違う」という言葉は、あまり信じない方だし、そうあるべきだと思う。アメリカがおよそリベラルとは言えない大統領を選んだことはこれまでだってあるし、些細な貿易問題でめちゃくちゃなことを言うことがあるのも、日本人には覚えのあることだ。反移民運動も移民そのものと同じくらい、アメリカ史でおなじみの現象だし、イエロージャーナリズムが猛威を振るっていた時期もある。アメリカ衰退論と戦後国際秩序の危機は、一九六〇年代から何回も語られてきた。でも、やっぱり「今度ばかりは違う」のかしら。二人はどう思う?

From 田所昌幸

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