最新記事

日本政治

小池都政に「都民」と「民意」は何を求めているのか

2017年6月23日(金)16時05分
金井利之(東京大学大学院法学政治学研究科教授)※アステイオン86より転載

「都民ファーストの会」代表として都議選に挑む小池百合子・東京都知事(7月23日) Issei Kato-REUTERS


<論壇誌「アステイオン」86号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月18日発行)は、「権力としての民意」特集。今日、民意に基づく政治が困難に直面しており、「政治家や官僚といったエリートは信頼を失い、裁量範囲を狭められている......エリートが信頼と自律性を失うとき、民意はようやく権力者としての貌(かたち)を顕わにする」と、特集の巻頭言に待鳥聡史・京都大学大学院法学研究科教授は書く。
 日本では7月2日に、小池百合子都知事が「都民ファーストの会」代表として挑む東京都議選挙が迫っている。2016年12月の所信表明では"民意"という言葉を使わなった小池知事だが、都政における都民と民意をどう考えればよいのか。ここでは、同特集の金井利之・東京大学大学院法学政治学研究科教授による論考「小池都政における都民と"民意"」から、一部を抜粋・転載する>

都政における"民意"

(1)都民不在の都政

 経済活動の中心である東京都域で居住する都民は、民間サービスに依拠する比重が高い。経済活動が旺盛であるがゆえに、所得・資産水準が平均的には高い。また、巨大な市場を形成しているため、民間サービスの展開可能性が高いので、都民は多くのサービスを行政に期待する必要はない。また、民間サービスの質量が豊富で、競争も激しければ、相対的な低所得・資産層でも接近できる民間サービスの可能性も高い。つまり、総じて言えば、地方圏・過疎圏の住民と異なり、行政サービスに期待する程度が低い。平均的都民からすれば、都政がいかなる行財政運営をしようと、ほとんど関係がない。

 本当に都民が行政サービスを必要としていないかと言えば、必ずしもそうではない。大都市地域は社会階層の格差が大きく、貧困・低所得層問題は地方圏より大きい。ただ、あまりに膨大、かつ、きめ細かい対策が必要なため、巨大な都政では効果的な政策・行政サービスが編成・供給できないまま、問題が浮遊してしまうのが実情である。都庁にも課題意識はあり、それに対する施策・事業は行う。しかし、広く平均的都民に実感をもって提供するには、あまりに事業規模が巨大・複雑なため、結局のところ対策は採りきれない。

(2)「遊興」への《民意》

①「遊興」の前史

 民間経済活動に依拠する比重が大きく、反面、行政需要は小さくないが、あまりに難問なために効果的な行政サービスの編成が期待されない東京都政において、平均的都民の期待が「遊興」に収斂するのが、「東京都性」である(金井、二〇一二)。デモクラシーとは、「パンとサーカスを要求すること」ではあるが、東京都性で都民が求めるのは、「遊興」としての都政運営である。「主演」=都知事が、「劇場」=都政において、興行をしてくれればよい。都政=都性の中核は「遊興」である。

 戦前東京市政の「遊興」の到達点は、一九四〇年の第一次東京五輪招致である。しかし、十五年戦争によって「遊興」は返上され、「贅沢は敵だ」の戦時体制になる。戦時中は耐乏生活と空襲・疎開である。「火事と喧嘩は江戸の華」だったかもしれないが、三・一○東京大空襲の大火は「遊興」になるはずがない。同様に、集団疎開も修学旅行のような「遊興」になるはずはない。戦後都政も安井誠一郎・知事(任一九四七~五九年)時代は、戦災復興が主であった。「がれき撤去」と生活配慮行政であり、「遊興」とは言えなかった。しかし、朝鮮特需と高度成長とともに、東京都性が生成されていく。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、和平協議「幾分楽観視」 容易な決断

ワールド

プーチン大統領、経済の一部セクター減産に不満 均衡

ワールド

プーチン氏、米特使と和平案巡り会談 欧州に「戦う準

ビジネス

次期FRB議長の人選、来年初めに発表=トランプ氏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドローン「グレイシャーク」とは
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 6
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 7
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中