最新記事

民主主義

【往復書簡】英米でポピュリズムが台頭したのはなぜか

2017年7月10日(月)16時55分
ビル・エモット、ジョナサン・ラウシュ、田所昌幸(※アステイオン86より転載)

asteion_shokan170710-2.jpg

(左から)田所昌幸氏、ビル・エモット氏(Photo: Justine Stoddart)、ジョナサン・ラウシュ氏

マサユキ、ジョナサンへ

 マサユキ、自由民主主義諸国家、というよりも同盟関係にある西側諸国が、これまでにもちょくちょく危機を経験して、それをなんとか乗り越えそして繁栄してきたことは、君の言うとおりだよ。一九七五年に米欧日の識者が集まって発足したばかりの三極委員会が本を出したけど、そのタイトルを知っているだろうか。「民主主義の危機」だよ。その中に直前にドイツの首相を辞任したウィリー・ブラントの言葉の引用があって、「西ヨーロッパの民主主義の寿命はあと二〇~三〇年で、その後は、独裁国家に囲まれてエンジンも舵もなく落ちぶれていく」と、言っているんだ。

 これは偽のニュースではないけど、できの悪い予測だったのは確かだ。もし我々の制度が堅牢なら、そして実際大体の先進国、とりわけアメリカはそうだと思うけど、粘り強く抵抗するだけではなく、良い方向に適応して進化し、歴史の試練を利用して一層強力になる力があることを、これまで示してきた。というわけで、僕は楽観している。トランプ現象の憂鬱だけではなく、トランプ個人にも打ち勝てるはずだ。でも今の時代には、いくつか過去とは違う条件があることも認めよう。第一は、世界の力の分布だ。とりわけ中国が過去の危機の時よりずっと強力になっていることだ。我々はと言えば、二〇〇八年の金融危機のおかげで、ずっと弱くなっている。もう一つは人口構成が高齢化していることだ。そのせいで、人々は保守化し、孤立主義的な方向に解決を求める傾向があることだ。

 だから今回は、以前より腰を据えて臨まなくてはいけないかもしれない。トランプ、ルペンが発している警報や、ドゥテルテやプーチンのような強権政治家に対抗するだけではなく、自分たちの弱体ぶり、ジョナサンが、以前『デモスクレオシス(民主主義の動脈硬化)』を書いて指摘した問題にも立ち向かわなくてはね。でも少なくともアメリカでは、トランプ主義に対抗していると、もっと動脈硬化が進み、党は争いで身動きが取れなくなるかもしれない。ジョナサン、何が解決策だろうか。

From ビル・エモット


ビル、マサユキへ

 ビル、それが判ればと思うよ。ここ何年か、反リベラル的なポピュリズムがあちこちの国で盛り上がっているが、トランプが、露骨に権威主義的な公約や言い回しをしたうえで当選したことは一種の反乱で、とりわけ心配な展開だ。トランプ陣営の戦略を担当してきた、スティーブ・バノンは、トランプと自分を、リベラルなグローバル化を逆転させようとする、国際的なポピュリスト運動の前衛だと思っている。バノンは「今度ばかりは違う」と思っているに違いない。

 少なくともアメリカに限って言えば、はっきりしないことは、今起こっていることが、ポピュリスト的な修正過程なのか、より根の深い権威主義的腐敗なのかということだ。もし修正過程だということなら、もうすでにこれで終わりだ。反乱勢力を吸収して彼らの考え方や運動を取り込んで、澱(よど)んだ政治に活を入れるために利用するのは、アメリカがほかの国より優れている点の一つだ。もしそうなら、ダボス会議に集う人士よりも労働者階級にもっと配慮するだけのことで、実際そうしてもよい頃合いでもある。

 でもトランプと彼の支持者が、法律を無視したり、リベラルな規範を台無しにして、民主主義の根幹そのものをむしばむ危険も、現実にある。三月号の『アトランティック』誌で、デイヴィッド・フラムと、アメリカが権威主義に陥るとするとどんな形でそうなるか、そしてそういう傾向を抑え込むにはどうしたらよいか、論じておいた。もう二〇年以上も前だけど、『デモスクレオシス』を書いた時に論じたのは、慢性的でゆっくり進行する、リベラルな政府の問題解決能力の低下という病理だった。そこで見通せていなかったのは、人々のいらだちや怒りが限界を超えて、症状が一挙に急性のものになったことだ。

 我々三人とも、それぞれの首都で、直面している課題は同じようだ。それは新たなリベラリズム擁護論、経済的にも社会的にも置き去りにされた人々にも意義のある、リベラリズム擁護論を打ち立てられるかどうか。そしてそれを広められるかどうかだ。

From ジョナサン・ラウシュ

※後編:【往復書簡】リベラリズムの新たな擁護論を考える

ビル・エモット(Bill Emmott)
1956年ロンドン生まれ。オックスフォード大学卒業後、英エコノミスト入社。1983年から3年間東京支局長として日本と韓国を担当、1993年に同誌編集長。2006年にフリーとなり、現在、国際ジャーナリストとして活動している。主な著書に『日はまた沈む――ジャパン・パワーの限界』(草思社)、"Good Italy, Bad Italy" (Yale University Press), 近刊に"The Fate of the West"(The Economist)がある。

ジョナサン・ラウシュ(Jonathan Rauch)
1960年生まれ。イェール大学卒業。ブルッキングス研究所シニアフェロー、『アトランティック』編集者。主な著書に『The Outnation(ジ・アウトネーション)――日本は「外圧」文化の国なのか』(経済界)、『表現の自由を脅すもの』(角川書店)、"Political Realism: How Hacks, Machines , Big Money, and Back-Room Deals Can Strengthen American Democracy"など。

田所昌幸(Masayuki Tadokoro)
1956年生まれ。京都大学大学院法学研究科中退。姫路獨協大学法学部教授、防衛大学校教授を経て慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治学。著書に『「アメリカ」を超えたドル』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』(編著、有斐閣)など。

※当記事は「アステイオン86」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg




『アステイオン86』
 特集「権力としての民意」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

自民党の高市新総裁、金融政策の責任も「政府に」 日

ワールド

自民党総裁に高市氏、初の女性 「自民党の新しい時代

ワールド

高市自民新総裁、政策近く「期待もって受け止め」=参

ワールド

情報BOX:自民党新総裁に高市早苗氏、選挙中に掲げ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 3
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、Appleはなぜ「未来の素材」の使用をやめたのか?
  • 4
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 5
    謎のドローン編隊がドイツの重要施設を偵察か──NATO…
  • 6
    「吐き気がする...」ニコラス・ケイジ主演、キリスト…
  • 7
    「テレビには映らない」大谷翔平――番記者だけが知る…
  • 8
    墓場に現れる「青い火の玉」正体が遂に判明...「鬼火…
  • 9
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 10
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 5
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び…
  • 6
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 7
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 9
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 10
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中