最新記事

人身売買

ネパールの被災地に巣くう人身売買ビジネス

2016年12月7日(水)11時00分
スティーブン・グローブズ

Navesh Chitrakar-REUTERS

<頼りない政府に資金不足のNGO――大地震で家も仕事も失った被災者に国際的な人身売買組織の魔の手が忍び寄る>(写真:ネパールでは地震で数十万戸が被災したが、いまだに再建のめどが立たないケースも多い)

 昨年4月にネパールをマグニチュード7・8の大地震が襲ってから、およそ1年半。被災地では家を失い、まっとうな仕事も見つからない人々が、人身売買業者に食い物にされている。

 農業を営んでいたプレム・タマンは地震後も家族が一緒にいられるよう手を尽くしてきた。妻と12歳の息子と5歳の娘を連れて職を探し、今は村から何時間も離れた場所で、日給2ドルで他人の家の瓦礫を片付けている。「私たちには寝る場所もない。外で寝ている」。作業の手を休め、彼は言った。

 タマン一家のような家族は人身売買の標的になりやすい。国外に仕事の口がある、教育を受けさせてやる、などと言われれば信じるしかない。多くは人身売買の国際ネットワークに売られ、行き着く先はケニアのダンスバー、売春宿、臓器移植を手掛けるインドの闇診療所、韓国や中国での偽装結婚、中東でのメイド、南アジアの奴隷労働、メキシコとアメリカの国境の密輸団などだ。

 正確な数字は把握しにくいが、警察と活動家の試算では、大地震以来、人身売買は15~20%増えているという。

【参考記事】地震被災者を激高させた無神経なインドメディア

 被災地には、タマンのように生きることで必死な人々があふれている。9000人近い死者が出た昨年の大地震と余震を生き延びたものの、住む家と生計の手段を失った家族は60万世帯を超える。

 貯蔵しておいた穀物は瓦礫の下で駄目になっていた。トタン屋根の小屋で身を寄せ合い、救援物資として配給されたコメで2度の雨期をしのいだ。政府が約束した住宅再建のための補助金が頼りだが、その給付は遅れている。

 総額約3000ドルのうち最初の500ドルが被災地に届いたのはここ数カ月のこと。「これっぽっちじゃ再建なんて無理」だと、500ドルを受け取るために列に並んでいたプラメシュ・アチャリアは言った。仕事がない間にかさんだ借金の返済や、ちょうどネパール最大の祭り「ダサイン」の時期だったので、その費用に充てる人が多い。

 アチャリアは家族に新しい服と食料を買い、残りの金で再建を始めると言った。だが政府は、再建に使うのでなければ残りの補助金は出さないとしている。タマン一家のように、受給資格を証明する書類がないため一銭も受け取れない家族もいる。

 大地震は、ネパールの丘陵地帯で生計を立てていた貧しい農家の人々を容赦なく襲った。泥と石でできた家は倒壊。山は崩れ、土砂となって襲い掛かった。家族や家畜や穀物が瓦礫の下敷きになった。ネパール政府の国家計画委員会がまとめた被害状況報告によれば、被害総額は70億6500万ドル、農作物が駄目になったことで、農作業に費やした多くの時間も無駄になった。

 再建の遅れ、根強い犯罪ネットワーク、人々の現金への渇望は、重なり合って人身売買の温床となりかねない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、米国が「敵視」と制裁に反発 相応の措置警告

ビジネス

リーブス英財務相、銀行を増税対象から除外へ=FT

ワールド

UPS貨物機墜落、ブラックボックス回収 死者11人

ビジネス

世界のPE、中国市場への回帰を検討=投資ファンド幹
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショックの行方は?
  • 4
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 5
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 10
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中