最新記事

歴史

沖縄の護国神社(2)

2016年8月14日(日)09時27分
宮武実知子(主婦)※アステイオン84より転載

論壇誌「アステイオン」84号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月19日発行)から、宮武実知子氏による論考「沖縄の護国神社」を4回に分けて転載する。かつて「戦没者の慰霊」をテーマにした社会学者の卵だった宮武氏は、聞き取り調査で訪れた沖縄の護国神社の権禰宜(現宮司)と結婚。現在は沖縄県宜野湾市に暮らす。本論考はいわば「元ミイラ取りによる現地レポート」だと宮武氏は言うが、異なる宗教文化を持つ沖縄にある護国神社とは、一体いかなる存在なのか。その知られざる歴史を紐解く。

(写真:沖縄県護国神社。提供:筆者)

※第1回:沖縄の護国神社(1)はこちら

慰霊から始まる

 沖縄戦の終結は一九四五年六月二三日とされるが、実際には司令官自決を知らない兵が多く、散発的なゲリラ戦が続いた。南西諸島の正式な終戦協定調印は、日本のそれより遅い九月七日である。生き残った軍人は捕虜収容所へ、沖縄住民も全員がいったん民間人収容所へ送られた。やがて住民は十月末頃から順次それぞれ元の居住地への移動が許された。

 それはつまり、死者が何カ月も野ざらしになっていたことを意味する。特に南部は夥しい遺体や遺物で足の踏み場もないほどだった。とにもかくにも生活するため、畑や家の敷地内の遺体をそっと動かし、遺物を掻き分けて道を通した。畑仕事や通学など日常生活の傍らに人骨が転がっているのは普通の光景だった。誰も恐いとも気味悪いとも思わなかった、と聞く。

 こうした遺骨を集めていち早く一九四六(昭和二一)年二月、糸満市米須に「魂魄之塔」が建立された。ごく小さな塔だが、約三万人分の遺骨が納められている。その年のうちに「沖縄師範健児之塔」や「ひめゆりの塔」といった学徒兵の慰霊塔や、各市町村の慰霊塔が次々と建てられた。

 沖縄戦では県民の四人に一人と言われる十万人以上が命を落としたが、一方で一九四六(昭和二一)年から一九四九(昭和二四)年にかけて十四万人が、戦地や内地や旧植民地から沖縄へ帰還した。当時、中国共産党の勝利や朝鮮戦争が続き、沖縄はアメリカの極東政策の要衝となる。米軍基地周辺の建設ラッシュにより、沖縄本島の経済はにわかに活気づき、周辺離島から続々と人が渡ってきた。加治順正もこの流れに乗って那覇に来た。

【参考記事】原爆投下:トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味(前編)

 この人の経歴が面白いので、ちょっと自慢したい。

 義父・順正は沖縄本島から約四百キロ離れた八重山諸島の竹富島で一九二九(昭和四)年に生まれた。もともと神社とは何の関係もない。生母が早く亡くなり、継母が来て兄弟が多く、生活が苦しかったらしい。『竹富町史 第十二巻 資料編』(竹富町史編集委員会、一九九六年)を見ると、終戦時に十六人家族だったと記載される。

 小学校を終えただけで軍に志願して熊本へ入営した。航空兵だったとも満州へ渡ったとも聞くが定かではない。終戦をシベリアの収容所で迎え、後に北朝鮮の収容所へ移送されたらしい。当時かかった凍傷で左手の一部が動かないままだったが、詳しいことは家族にも話さず「寒かった」とだけ言ったそうだ。終戦時十六歳と若かったため早い段階で帰れたが、竹富島も帰還者で溢れて居場所がなく、再び島を出て那覇へ向かった。着替え一組だけを持って漁船で密航し、沖縄本島近くから泳いで上陸したと聞く。

 一度、試しに沖縄県公文書館で名前を検索してみたところ、米軍の雇用記録(レイバーカード) がヒットした。輸送船か何かに乗っていたらしいが、親しかった親戚や幼馴染みの誰に聞いても知らない話だった。

 その記録の頃は二三歳で、まだ「加治工(かじく)」姓だった。復帰前は簡単な手続きで改姓できたため、沖縄風の姓を内地風に変えた例は珍しくない。一目で八重山と分かる「加治工」を内地風の「加治」に変えたのは、神社で働く決意の表れだったのか、あるいは軍国教育と従軍経験から「日本人」意識が強かったためか。いつも標準語で話し(3)、沖縄では珍しい一人称「僕」を使い、泡盛は口にせずウイスキーや日本酒を好んだそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア黒海沿岸でウクライナのドローン攻撃、船舶2隻

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ビジネス

午前の日経平均は大幅続伸、5万円回復 AI株高が押

ワールド

韓国大統領府、再び青瓦台に 週内に移転完了
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 9
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中