最新記事

領土問題

南シナ海、中国政府の大暴論

領土問題 中国は「歴史」を根拠に南シナ海の島々の領有権を主張するが、自国の都合で国際法をつまみ食いする姿勢は許されない

2011年11月29日(火)13時20分
フランク・チン(ジャーナリスト、元ウォール・ストリート・ジャーナル中国総局長)

みなぎる野望 中国政府は自国が東アジアの覇権を握っていた時代を再現したい?(中国海軍の兵士たち) Larry Downing-Reuters

 中国は国ではなく、「国を装っている文明」である──アメリカの中国研究者で故人のルシアン・パイが残した有名な言葉だ。パイがこの言葉を述べた時代にはそうだったかもしれないが、最近の中国は1つの近代国家として国際政治に積極的に参加している。

 しかし、中国政府が国際紛争で自国の立場を正当化するために、中国文明の長い歴史を利用しようとしている面はある。南シナ海を舞台にした領有権争いは、その典型だ。中国政府は、歴史を根拠にこの海域の小島や岩礁の主権を主張している。

 中国は96年に国連海洋法条約を批准し、同条約の規定に基づいて沿岸から200カイリ(約370キロ)の海域を「排他的経済水域」(EEZ、同条約で確立された概念)として主張しているが、この条約では「歴史」を主権の根拠と認めていない。中国は今日の国際法に基づく権利を主張する一方で、国際法で一般に認められていない理屈を持ち出して南シナ海で領有権を主張しているのだ。

 大昔、中国は東アジアの覇権を握り、近隣の小国を属国と位置付けていた。歴史を根拠に領有権を主張することにより、中国政府はある意味でその時代を再現し、さらにはそういう力関係を正当化しようとしている。南シナ海の領有権争いは、アメリカやインド、日本などの国益にも影響を及ぼすが、直接の当事国はベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイだ。

秦や漢の時代を基準に

 これらの東南アジアの国々の主張は、おおむね国連海洋法条約を根拠にしている。これに対し、中国は自国の領有権は条約発効前にさかのぼるので、この問題に同条約は適用されないと主張する。歴史が法に勝るというわけだ。

 09年、中国は国連に対して、「南シナ海の島々と隣接する海域」および同海域の「海底とその土壌」に対する「明白な領有権」を主張。根拠として提出した海図上では、南シナ海ほぼ全域がすっぽり点線で囲まれており、その点線はベトナム、マレーシア、フィリピンなどの近隣諸国の沿岸をかすめていた(ただし、点線内全域の領有権を主張するのかは明らかにしていない)。

 この姿勢は、96年に中国が国連海洋法条約を批准したときの立場と大きく異なる。中国は当時、「国際法と平等の原則に基づいて」個々の国と協議するとしていた。

 中国がこの条約に関する立場を変えた点はほかにもある。96年には、外国の軍艦が中国領海を通航する場合に承認申請を求めていたが、現在はEEZを通航する場合にも要求している。

 一国のEEZは公海の一部であり、どの国の軍艦も承認なしに通航し、軍事行動を行えると、アメリカや大半の先進国は主張している。この見解の違いが原因で、米海軍調査船が中国のEEZ内で情報収集活動を行い、中国側がそれを妨害するというトラブルが相次いでいる。

 国際法で、歴史を根拠にした領有権が認められるケースがないわけではない。長期にわたり1つの国だけが公に領有権を主張していて、その主張がほかの国々に広く受け入れられている場合は、沿岸の国に湾や離島などの領有権が認められる場合がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「非常に生産的」、合意には至らず プーチ

ワールド

プーチン氏との会談は「10点満点」、トランプ大統領

ワールド

中国が台湾巡り行動するとは考えていない=トランプ米

ワールド

アングル:モザンビークの違法採掘、一攫千金の代償は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 5
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 6
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 7
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 8
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 9
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 10
    輸入医薬品に250%関税――狙いは薬価「引き下げ」と中…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中