最新記事

映画

『ジョーカー』怒りを正当化する時代に怒りを描く危うい映画

The “Joker” Isn’t Political?

2019年10月5日(土)19時45分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)

ジョーカーを演じた主演のフェニックスは大幅に体重を落として役に臨んだ ©2019 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED TM & ©DC COMICS

<バットマンの敵役ジョーカーの原点を描き、その疎外感に共感を寄せる『ジョーカー』。トランプ時代の空気を映し出している作品だが>

『ジョーカー』の舞台は1981年の腐臭漂うニューヨーク(※)ゴッサム・シティ。映画の冒頭近くで、主人公アーサー・フレックは道化師姿で看板持ちの仕事をしていたとき、中南米系とおぼしきギャングたちに嘲笑され、暴行を受ける。

※映画の舞台を誤って「ニューヨーク」と記載していました。お詫びして訂正します。(2019年10月7日11時20分)

白人が不当に迫害されているという描かれ方は、近頃では珍しくない。これは、ドナルド・トランプ米大統領が巧みに利用してきたストーリーでもある。

『ジョーカー』は、コミックや映画で絶大な人気を誇る「バットマン」シリーズの敵役ジョーカーの原点を描く映画だ。のちのジョーカーであるアーサーを演じるホアキン・フェニックスは、この仕事のために大幅に体重を減らした。骨が浮いて見える背中はあまりに弱々しい。

しかし、アーサーをかわいそうだと思う前に、彼の境遇を理由に自らの怒りを正当化しようとする人間が出てこないか警戒すべきかもしれない。

『ジョーカー』の作品内でも、アーサーは思想や運動のシンボルに祭り上げられる。酔った証券ブローカーたちに地下鉄の車内で絡まれた道化師姿のアーサーは相手を殺して逃走。この事件をきっかけに、恵まれたエリート層への憎悪が社会に拡大し始め、アーサーはヒーローのように位置付けられる。

監督のトッド・フィリップスは「政治的な映画では全くない」と述べているが、政治的な色彩を帯びた作品であることは明らかだ。今日の社会の空気を、正体ははっきりしないけれど誰もがなじみのあるキャラクターに落とし込んでいる。

憎悪の炎が広がっていく

ジョーカーというキャラクターにすごみを与えてきたのは、人物像の読み取りにくさだ。それでも、アーサーが精神を病んでいることははっきり分かる。その病に拍車を掛けているのは、コミュニティーと社会的セーフティーネットの不在だ。

『ジョーカー』の建前は、アーサーを理解しつつも、その行動は容認しないこと。しかしオルト・ライト(白人至上主義の極右勢力)は、自分たちのメッセージをオンライン上で拡散させるために、この映画に登場する要素を利用し始めている。

もともとオルト・ライトたちは、そうした素材に事欠かなかった。それでも映画会社や俳優や監督は、せめて新たな素材を提供することを避けるべきだったのではないか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三菱自社長、ネクスペリア問題の影響「11月半ば過ぎ

ワールド

EUが排出量削減目標で合意、COP30で提示 クレ

ビジネス

三村財務官、AI主導の株高に懸念表明

ビジネス

仏サービスPMI、10月は48.0 14カ月連続の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中