コラム

嘘だらけの製薬会社が引き起こした米オピオイド危機(パックン)

2019年09月21日(土)13時30分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)

Big Pharma, Big Lies / (c)2019 ROGERS─ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<「依存性がない」「耐性もできない」と嘘を並べてオピオイドを販売し続けた製薬会社の罪と罰>

第2次大戦以降初めて、アメリカの平均寿命が下がっている。珍しいことに、今回はドナルド・トランプ大統領のせいだとは言わない。原因は薬のやり過ぎによる死亡者数の急増。2017年にその数は7万人を超えた。交通事故で死亡した人は(たったの!)4万人ぐらいなのに。

特に増えているのはケシ系の化合物オピオイドの乱用。快感も得られる強力な鎮痛剤だが、依存性が非常に高い上、耐性ができるため使用量が徐々に増えていく。使い過ぎたり、精神安定剤と同時に使ったりするととても危ない。カビキラーじゃないけど、混ぜるな! 危険!

乱用ブームを起こしたのは90年代以降の過剰処方だ。オピオイド系新薬を開発した製薬会社は、依存性がなく耐性もできず、どんな量も安心して使えるなどと事実に反する主張をした。

製薬会社と手下の「研究者」は過去にも嘘をついている。数カ月の臨床実験しか行っていないのに、長期使用も大丈夫だとか。製造元は変わらないのにカナダから逆輸入の薬は危険だとか。推定1億~2億ドルの新薬開発費用を20億ドル以上だとか。ピノキオだったら物干しざお並みの鼻になっているはずだ。

価格設定の「嘘」が特に著しい。以前、1錠750ドルもする錠剤と同じものを、オーストラリアの高校生が学校の実験室でたった2ドルで作ったという。「良薬は苦し」なのかもしれないが、「高し」の必要はないようだ。なぜ嘘をつく?

風刺画は、製薬会社が highly addictive(依存性の高い)profits(利益)の side effects(副作用)として、lying, lying and more lying(嘘をつき続けている)と表現している。

確かに儲かっている。産業としての税引後純利益率がトップ10に入る製薬業界は、米医療分野の収益の23%をもたらしているにすぎないが、利益ではその63%を占めている。そして、患者の命より利益を守る言動が目立つ。オピオイドに関しては上記の嘘のほかに、「痛み」の研究と周知活動を進めて「痛みの緩和」の必要性をあおりながら、オピオイドを処方し過ぎる医師を医療過誤訴訟から守ったり、乱用を防ぐための法案の可決を阻止したりした。

だが、最近そのツケが回ってきた。ジョンソン・エンド・ジョンソンは8月、オピオイド依存症蔓延に加担したとして、オクラホマ州の裁判で6億ドル近くの制裁金支払いを命じられた。パーデュー・ファーマも先日、2000件以上の裁判の和解金として120億ドルを拠出することに合意した。

結局、製薬会社にとっても痛いね。ま、痛いなら、いい鎮痛剤知っているけど......。

<本誌2019年9月21日号掲載>

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プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

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