コラム

死してあらわになった、ロシアにおける「プリゴジン人気」の虚像と実態

2023年09月12日(火)15時42分

モスクワに臨時設置されたプリゴジンらの追悼所(8月29日) MAXIM SHEMETOV―REUTERS

<プーチンに反旗を翻し「英雄」となったワグネル創設者プリゴジンが、実は生きている? そんな説を信じるロシア人が16%という根深い理由>

民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジンの死は、ロシア社会に存在する2つの亀裂を浮き彫りにした。第1に、エリートと庶民の間の大きな断絶。第2に、モスクワ市民とそれ以外のロシア人が相手に見せる恩着せがましい態度と妬みだ。

ロシアはひどく不平等な社会だが、それに対する見方も構造もアメリカとは異なる。アメリカ人は通常、自分もいつかは上に行けると信じて嫉妬心を抑える。だがロシア人は、エリートがシステムを不正操作して自分たちの富を盗むと考える。

プリゴジンはロシア西部のインテリ一家の出身で億万長者だが、エリートの策略に反旗を翻し、地方出身者が多いロシア兵のために行動する英雄的な偶像へと駆け上がりつつあった。だがウクライナとの戦争中に火が付いたプリゴジン人気は、どちらかといえば一過性の現象だった。

今年4月、「あなたは誰を信頼するか」という自由回答式の世論調査がロシアで実施されたとき、プリゴジンの支持率は1%そこそこだった。だが5月には4%に急増。さらに4人の政府高官(プーチン大統領、ミシュスチン首相、ラブロフ外相、ショイグ国防相)に次ぐ5位に浮上した。

理由の大半は、プリゴジンがショイグと軍首脳を公然と非難し、名指しは避けたもののプーチンにも批判の矛先を向けたからだ。ソーシャルメディアでの支持は強固だったが、必ずしも圧倒的ではなかった。

メッセージアプリ「テレグラム」のフォロワーは100万人を超えていたが、この数字はロシアの全人口の約2%にすぎない。一部の軍事ブロガーやコメンテーターのほうが、彼より人気を集めていた。

プリゴジンが反乱を起こす前は、国民の19 %が2024年大統領選に出馬すれば支持すると答えていた。だが反乱収束後は10%に半減した。ロシア政府の御用メディアが攻撃を続けていたので、その後も支持は減少の一途をたどっただろう。

プリゴジンがプーチンから裏切り者の烙印を押された後も処分を受けなかったとき、プーチンは秩序の安定を維持できないほど弱体化したのかと、ロシアのエリートたちは公然と疑問を唱えた。だがプリゴジンの死によって、表向き、秩序は回復した。

かつて何度も出ていた「死亡説」

プリゴジンがまだ生きていると信じるロシア人が16%いるという事実は、人気者の生存を願う人々の感情よりも、この出来事をめぐる興味深い状況の影響が大きい。

私のある友人は、19年にアフリカで飛行機が墜落した際、当初は死者の中にプリゴジンが含まれていたという報道があったと語った。別のロシア人は、22年にウクライナの激戦地ルハンスク(ルガンスク)州でプリゴジンが殺されたという噂がソーシャルメディアを駆け巡ったと教えてくれた。

あるジャーナリストによると、今回の墜落事故で死亡したとされるプリゴジンらワグネルの最高幹部3人は、これまで一度も同じ飛行機に乗ったことがなかったという。もし何かあれば、ワグネルが一気に崩壊してしまうからだ。

同僚のロシア人教授は、ロシア人は神話や陰謀の種を探すのが好きだと言った。プリゴジンの墓の近くには、旧ソ連の詩人ヨシフ・ブロツキーの謎めいた詩の一節が掲げられていた。「何も分からず、心も決まらない/お前は私の息子か、それとも神か/つまり、死んだのか、生きているのか」

ある識者は、プリゴジン生存説を信じるロシア人が16%と比較的少ないのは、プーチンに反旗を翻した直後に、彼は死ぬだろうと誰もが考えていたからだと言った。「王を襲うなら、ゆめゆめしくじるな」ということだ。もし失敗すれば、自分の命で代償を支払うことになる。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ビジネス

出口局面で財務悪化しても政策運営損なわれず、正常化

ワールド

焦点:汚染咳止めシロップでインドなど死亡数百件、米

ワールド

アングル:COP28、見えない化石燃料廃止への道筋

ワールド

OPECプラス閣僚会合、現行政策調整の可能性低い=

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:日本化する中国経済

特集:日本化する中国経済

2023年10月 3日号(9/26発売)

バブル崩壊危機/デフレ/通貨安/若者の超氷河期......。失速する中国経済が世界に不況の火種をまき散らす

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    エリザベス女王も大絶賛した、キャサリン妃の「美髪」6選...プリンセス風ブローから70年代スタイルまで

  • 2

    ワグネル傭兵が搭乗か? マリの空港で大型輸送機が爆発、巨大な黒煙が立ち上る衝撃映像

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    ウクライナ「戦況」が変わる? ゼレンスキーが欲しが…

  • 5

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 6

    広範囲の敵を一瞬で...映像が捉えたウクライナ軍「ク…

  • 7

    新型コロナ「万能ワクチン」が開発される 将来の変…

  • 8

    ロシア軍スホーイ戦闘機など4機ほぼ同時に「撃墜」され…

  • 9

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があっ…

  • 10

    ワグネルに代わるロシア「主力部隊」の無秩序すぎる…

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 3

    本物のプーチンなら「あり得ない」仕草......ビデオに映った不可解な行動に、「影武者説」が再燃

  • 4

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...…

  • 5

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 6

    これぞ「王室離脱」の結果...米NYで大歓迎された英ウ…

  • 7

    「ケイト効果」は年間1480億円以上...キャサリン妃の…

  • 8

    広範囲の敵を一瞬で...映像が捉えたウクライナ軍「ク…

  • 9

    ロシア黒海艦隊、ウクライナ無人艇の攻撃で相次ぐ被…

  • 10

    NATO加盟を断念すれば領土はウクライナに返す──ロシ…

  • 1

    イーロン・マスクからスターリンクを買収することに決めました(パックン)

  • 2

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務…

  • 5

    「児童ポルノだ」「未成年なのに」 韓国の大人気女性…

  • 6

    <動画>ウクライナのために戦うアメリカ人志願兵部…

  • 7

    「これが現代の戦争だ」 数千ドルのドローンが、ロシ…

  • 8

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 9

    ロシア戦闘機との銃撃戦の末、黒海の戦略的な一部を…

  • 10

    爆撃機を守る無数のタイヤ、ドローン攻撃に対するロ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story