コラム

ウクライナ戦争1年、西側メディアが伝えない「それでもロシアが戦争をやめない訳」

2023年02月21日(火)17時50分

動員された予備役兵たちを見下ろすプーチンの写真(ロシア中部のオムスクで) ALEXEY MALGAVKOーREUTERS

<ロシアでは、リベラル派も反プーチン派も、内心ではウクライナの敗北を望んでいる――日本には伝わりづらいロシア人の本音とは>

昨年2月、ロシア軍がウクライナに侵攻する直前、ロシア安全保障会議でウラジーミル・プーチン大統領に発言を求められてまごついてしまい、テレビカメラの前で恥をかいた高官がいたことをご記憶だろうか。その高官、セルゲイ・ナルイシキン対外情報庁長官は、私が特別教授を務めたロシア国家経済・公共政策アカデミーの評議会議長だったこともある人物だ。

ナルイシキンはプーチンの長年の側近で、大統領府長官、下院議長、対外情報庁長官などの要職を歴任してきた。この人物が過去に行った仕事の1つが、ロシアの歴史教育を根本から変えることだった。この歴史教育の転換に着目することで、ウクライナ戦争に対するロシア国民の反応をより深く理解できると私は考えている。

ナルイシキン率いる「歴史改ざんによりロシアの国益を損なおうとする企てに対抗するための大統領委員会」は、プーチンの15年ほど前の発言に沿う形で、文字どおりロシアの歴史教科書を書き換えた。

その発言の中で、プーチンは「ロシアの歴史にロシア人が恥ずべき点はない。誰もわれわれに罪悪感を持たせることは許されない」と述べた。この考え方に従い、子供たちが「祖国に誇りを抱けるようにする」ことが歴史教員の役割だとされた。

ナルイシキンはロシアの歴史教育を転換させ、ロシアがナチス・ドイツと緊密に協力した過去を完全に消し去り、旧ソ連の最高指導者だったヨシフ・スターリンによる残虐行為の多くをなかったことにした。さらに、ロシアが征服した地域や影響下に置いた国々に対して行った苛烈な支配も隠蔽した。

こうした歴史教育の転換がロシア人の考え方に大きな影響を及ぼしたことは明らかだ。歴史上の残忍な独裁者であるイワン4世(イワン雷帝)とスターリンの人気が高まり、2人の銅像の再建を求める声まで上がっている。

プーチンの政敵として知られる元石油王ミハイル・ホドルコフスキーは、プーチン体制下のロシアの時代精神を、愛国主義と国家主義と集団主義の混ざり合いと評している(ホドルコフスキーは10年間投獄された後、現在はロンドンで事実上の亡命生活を送っている)。

その精神の下では、ロシア人が祖国への誇りを忘れれば、ロシア国家は存在しなくなるとされる。そして、誇るべき偉大なロシアは強力な国家抜きには維持できない。また、ロシア人は集団主義的な国民であり、ロシア人の未来を明るくできるのは個人よりも国家だと考えられている。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB、銀行に影響する予算措置巡りイタリアを批判

ビジネス

英失業率、8─10月は5.1%へ上昇 賃金の伸び鈍

ビジネス

三菱UFJFG社長に半沢氏が昇格、銀行頭取は大沢氏

ワールド

25年度補正予算が成立=参院本会議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story