コラム

今回の米デフォルト危機が「空騒ぎ」とは言い切れない訳

2023年02月02日(木)17時50分

政府債務が法定上限に達しても、米議会の対立は止まらない JONATHAN ERNSTーREUTERS

<米ドルの強さは、米政府がデフォルトに陥ることはないという前提があってこそ。それなのに繰り返しデフォルト危機が騒がれる背景と、筆者が「今回は今までと違う気がする」理由とは>

外部の変動要因に左右されない米ドルの強さは、米政府がデフォルト(債務不履行)に陥ることはないという揺るぎない信念が前提となっている。では、なぜデフォルト危機が繰り返し騒がれるのか。

アメリカは建国以来、ほぼ毎年財政赤字を出しているので、借金によって政策を進めるしかない。だがアメリカの法律では、政府が抱える債務の限度額が決められている。従って政府の機能停止とデフォルトを回避するためには、ほぼ毎年の通過儀礼として限度額を引き上げなければならない。

債務上限を引き上げるたびに議会の採決が必要な国は、アメリカ以外では世界中でデンマークだけだ。10年ほど前に米政治の党派対立がピークに達し、共和党が責任を放棄する以前は、債務上限の引き上げが真剣に議論されることはなく、議会は自動的に引き上げを認めていた。

だが、その後の2つの顕著な例(2011年と13年)で、共和党は債務上限を人質にして重要政策への支出を削れば、民主党大統領の政策目標に打撃を与えられることを理解した。米国債のデフォルトはアメリカと世界の経済に甚大な影響を与え、米ドルの信用力も破壊することになる。

今回の危機がいつもと違う訳

私は今、中東でこのコラムを書いている。今夜、空港でタクシーを拾ったときにクレジットカードが使えないことが分かっても、私は慌てなかった。運転手は喜んでドルを受け取るだろうと確信していたからだ。

空港を出てから最初の30分、賢明そうな運転手は世界のエネルギー市場、ウクライナのドンバス地方の軍事戦略、バイデン大統領の機密文書持ち出し、中国の差し迫った人口減少問題について自説を語った。私は「米国債への絶対的信頼と信用」という裏付けを持つ米ドルの覇権はこれからも続くだろうかと尋ねた。

すると、彼はこう断言した。「米ドル紙幣に『われわれは神を信じる』と書いてあるだろう? ドルは神より強いんだよ」

私は運転手に言った。米政府は2週間ほど前に債務上限に達し、財務省は支払いを続けるために「特別措置」を発動した。債務上限をめぐる対立は本来不要であり、本当にデフォルトが心配なら議会は歳出制限法案を通過させればいい。この対立劇は共和党の強硬派の無謀なスタンドプレーであり、米国債の信用を人質に取るくらいなら、議会の採決で増税に賛成して歳入を増やし、赤字を減らすほうが簡単なはずだ、と。

運転手には心配しすぎだと言われたが、私は「今回は今までと違う気がする」と話を続けた。共和党の強硬派は下院議長選出に南北戦争以降で最も長い時間をかけさせ、まんまと新議長に恥をかかせた連中なのだ。

心配ない、アメリカは必ず何とかすると、運転手は言った。その自信は現状分析や将来の予測というより、信念や過去の実績に基づいているようだった。

1兆ドル以上の米国債を保有する日本の読者は、米議会を無条件に信頼する気になれないかもしれないと、私は言った。中国やイラン、ロシアといった世界秩序を破壊しようとする勢力は、国際金融の「脱ドル化」を何より望んでいる。

運転手は不安を吐露する私の話を途中で遮り、こう言った。「いいかい、金の使い道と予算について激論を交わすのはいいことだ。家計のやり繰りをめぐる夫婦げんかみたいなものさ。ピンチになればなるほど、将来を真剣に考えるようになる」

結局、運転手の自信が私の不安を上回った。私たちは名刺を交換し、彼は私が生きている限り、今夜払ったのと同じ為替レートの米ドルでいつでも乗せてやると約束した。これが彼にとって良い取引、つまりドル高が続くことになればいいのだが。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story