コラム

欧米VSそれ以外......? 今回のW杯で見えてきた国際政治の4つの新トレンド

2022年12月17日(土)18時01分

11月22日、グループリーグ第1節でサウジアラビアに敗れ気落ちした様子を見せるメッシだが CARL RECINEーREUTERS

<メッシが持つ国家顔負けの「ソフトパワー」、欧米によるカタール批判のダブルスタンダード......W杯を通して読み解く世界の勢力図>

サッカーは最もグローバルな人気を誇るスポーツだと言われるが、成功はごく一握りの国々に集中してきた。ヨーロッパと南米以外の国がサッカーのW杯で優勝したことはない。

しかし、今回のW杯カタール大会では、日本がドイツを、サウジアラビアがアルゼンチンを破る大番狂わせを起こした。国際政治で「Gゼロ」という言葉で表現されるとおり、欧米諸国の影響力が縮小し、多極化が進んでいるように、サッカーの世界も変わり始めているのだろうか。

W杯を通して今日の世界について何が見えてくるのか。4つの点を指摘したい。

第1に、強力なブランド力を持つ個人が国家も顔負けの絶大なソフトパワーを持つようになっている。例えば、世界で最も多くの栄誉に浴してきた選手であるリオネル・メッシの動向には、世界中の人々が関心を払う。その注目度は、一国の政府機関や有力政治家の比ではないだろう。

メッシは祖国アルゼンチンの代表としてプレーする一方で、サウジアラビアの観光大使に就任し、自身の影響力を生かして精力的に活動している。観光地を訪問したり、熱心に宣伝したりしているのだ。今日の世界では、メッシのようにカリスマ性のある個人は、国の枠を超えて行動し、国家を凌駕する影響力を持っているように見える。

第2に、欧米とそれ以外の世界の対立が激しくなっている。その点は、このW杯でもくっきり見て取れる。欧米では、労働者への奴隷的な扱い、女性や性的少数者の人権侵害、汚職の蔓延などを理由に、開催国のカタールを厳しく批判する声が目立つ。

欧米の報道によれば、スタジアムなどの建設現場で死亡した外国人労働者は6000人を超すという。しかし、欧米以外では、死者数に関する批判は中東の過酷な気候を考慮していないと考える人も少なくない。

また、ヨーロッパの女性の自殺率はカタールより格段に高く、アメリカの刑務所の受刑者数はカタールとは比較にならない。汚職に関しても、そもそもカタールでのW杯開催を決めたのは、FIFA(国際サッカー連盟)を牛耳るヨーロッパ人たちだ。

自国を棚に上げてカタールを糾弾する欧米メディアの姿勢を見ると、ウクライナ支持に関してアフリカなどの途上国と欧米諸国の間にしばしば温度差が生じている理由の一端が理解できる。

小国カタールの存在感

第3に、政治とスポーツの融合。両者を切り離すことは容易でないが、明るい兆しがある。今回のW杯では、サウジアラビアのムハンマド皇太子とカタールのタミム首長が開会式で握手を交わし、サウジアラビアがアルゼンチンに劇的な勝利を挙げた後には、カタールの首都ドーハのビル群がグリーンにライトアップされて、街がサウジアラビアのシンボルカラーに染まった。

サウジアラビアが「テロ支援」を理由にカタールと断交し、厳しい経済封鎖を開始したのは、2017年のこと。この状態は昨年初めまで続いた。W杯では、そうした衝突が嘘のような光景が見られたのだ。

第4に、今回のW杯は、小さな国でも大きな政治的影響力を発揮できることを実証した。カタールは世界地図では小さな点でしかない小国だが、イスラム圏の国として初めて巨大スポーツイベントの誘致を実現させ、途方もない金額を費やしてスタジアムやインフラをゼロから建設して史上初の冬季のW杯開催にこぎ着けた。

カタールが存在感を示しているのは、スポーツの分野だけではない。米政府とアフガニスタンのタリバン勢力の交渉を仲介するなどの外交的成果も上げ始めている。サッカー界の勢力図と同様、国際政治の勢力図も変わりつつあるのかもしれない。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ南部オデーサに無人機攻撃、2人死亡・15

ビジネス

見通し実現なら利上げ、不確実性高く2%実現の確度で

ワールド

米下院、カリフォルニア州の環境規制承認取り消し法案

ワールド

韓国大統領代行が辞任、大統領選出馬の見通し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story