コラム

社会主義国のプールに潜む、スポーツではない水泳の匂い

2017年09月07日(木)16時45分

とはいえ、白、赤、青の3色をアクセントにしたパステル調のトーンとマジックのような人物レイアウトの組み合わせが、スワーボワの最大の魅力ではない。確かにそれは緊張とエレガンスを孕む極上の視覚的快楽を生み出しているが、そうしたものは他の写真家においても見いだすことができる。まして彼女の場合、本人が認めているように、アプリを使ったポスト・プロダクションのテクニックを多用している。

最大の魅力――というより彼女の写真そのものを超えた凄さは、冒頭で触れたように、その得体の知れない世界の気持ちよさの中に、ひっそりと奥底にだが、威厳を持って確実に潜んでいる冷徹とも言える感覚の存在だ。独断的に言えば、当時の社会主義国家が造り出していた抑圧の匂い、あるいは体制(システム)という名の権威主義の匂いである。

実際、スワーボワは、当時の社会にとって水泳はスポーツではなく社会的義務の1つだったと語る。また、多くの作品の舞台となっている社会主義国家時代に作られたスイミングプールで、彼女が最も印象深く感じたことは、水面の静けさと、飛び込み禁止のサインが至る所で見られたことだった。そのことに触れて、スワーボワは言う。本来エクササイズをするべき場所で、彼ら(システム)は私たちに何が許され、何が許されないかを強要してきた、と。

彼女の中に染み付いてきた負のアイデンティティが、意図的にしろ無意識にしろ、パステル調のトーンと、極めて静的な人物たちとともに作品に埋め込まれているのである。それが作品にとてつもない奥行きを生み出している。耽美性と心地よさ、バランス感覚だけでなく、人間社会の謎や矛盾、あるいは恐怖という感情さえ含みながら。

ちなみに、アクセントの効果をもたらしている白、赤、青の3色は、汎スラブ民族の象徴の色でもある。

今回ご紹介したInstagramフォトグラファー:
Mária Švarbová @maria.svarbovat

【参考記事】匿名の若き写真家が見た 68年、プラハ

プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正-中国長期債利回り上昇、人民銀が経済成長見通し

ワールド

米上院、ウクライナ・イスラエル支援法案可決 24日

ビジネス

米、競業他社への転職や競業企業設立を制限する労働契

ワールド

ロシア・ガスプロム、今年初のアジア向けLNGカーゴ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story