コラム

中東の街角から、建築と人間の抽象芸術を生み出す

2015年09月28日(月)13時15分

 ベイルート在住のサージ・ナジャールは、本職が弁護士。写真をやりはじめたのは4年前で、それまでは自分に写真の才があるなんて思っていなかったという。しかし、写真をやる前から彼の眼は研ぎ澄まされていた。才能があったのはいうまでもないだろうが、現代アートの本やカタログを読みあさって育ったことが多大な影響を与えたらしい。今では、パリフォトを含む国際的な写真祭で写真が展示されている。




 ナジャールの情熱は、建築、いや建築を通した彼自身の世界に捧げられている。有名な建築よりもむしろ、ありきたりの建物のある場所が彼の写真家としてのプレイグラウンドだ。形状と線、それに光と影が交錯する瞬間を、眼の前に存在する絵としてではなく、心の眼で切り取っていく。本能に沿って、より抽象芸術に近づけていくことに惹かれるという。事実、そうしてできあがった作品は、シュールで潜在的な何か、あるいは記憶の奥底にある何かを喚起する。

 大半の作品には、巨大な建築物をバックに小さな人間が置かれているが、意図的にそうしているのは、作品に温かみと大きさの感覚を与えるからだ。同時に、人間自身はより抽象的になる。

 さらに、こうした彼の作品の特質は、それが意図的にしろ、そうでないにしろ、我々が現実と信じているものに対し、不確実性とか儚さという命題を提起してくる。作品の中での巨代な建築物と小さな人物の対比は、ごく自然に、人類の支配性という概念に疑問を投げかけてくる。

 また、写真の中の多くの人物は、その建築物をいま建てている労働者で、その間そこに住んでいる人々だ。建築物が一時的な住み家(すみか)になっているのである。仕事が終われば、他のプロジェクト(建物)に移動する。それが続いていく。事実、彼自身このようにいう。「たぶん、アートと建築と現実の間に橋をかけようとしているんだ」

 いくつもの写真プロジェクトの構想があるにもかかわらず、ナジャールは今も週末の写真家だ。戦争状態が続いているベイルートで、テロリストに間違えられないように気をつけながら、自分の世界を撮り続けている 。同時に、素晴らしい妻と二人の子供を持つ彼には大きなルールが一つある。何をしようとも、情熱(写真)よりも愛を大切にすること、である。

今回ご紹介したInstagramフォトグラファー:
Serge Najjar @serjios

プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

片山財務相、城内経財相・植田日銀総裁と午後6時10

ビジネス

Temuの中国PDD、第3四半期は予想上回る増益

ビジネス

豪賃金、第3四半期も安定的に上昇 公共部門がけん引

ビジネス

EUは欧州航空会社の競争力対策不足=IATA事務局
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story