コラム

トランプ政権の中東敵視政策に、日本が果たせる役割

2017年01月31日(火)12時00分

 ところで、「7カ国入国禁止」措置に関して、メディアでは難民に対する非道な拒絶が取り上げられるが、中東諸国出身の普通の人々が仕事や勉強や会議でアメリカに行く場合も大きな制約を受けるだろうことの深刻さも、看過できない。

 簡単に交流を断ち、相手国のことを知りえない環境にあることがいかに問題か、それが身に染みたのが、9.11とイラク戦争の失敗である。9.11が起きたとき、アフガニスタンにターゲットを絞ったにも関わらず、CIAにダーリ語を話せる職員がおらず、苦労したという話は有名だ。以降、現地の言語、文化に精通した専門家を育てなければ、との声が高まったが、専門家を育てるには時間がかかる。それから10年以上経っても、言葉が話せるスタッフがいない、と憂う記事は英米の報道に散見される。

 決してスパイ情報を得るためのことではない。日々の仕事、勉強、研究での交流は、相手国を知り、友好関係を築く第一歩だ。9.11事件の直後には、アメリカに留学できなかった学生がアジアに向かった。日本も例外ではない。日本で勉強した学生のなかには、凝り固まった出身地での教育から脱け出して、世界に目が開かれて超リベラルに大変身した学生は、実に多い。敵視する相手国の出身者を、壁を作って排除するより彼らの心を開く教育を提供したほうが、百倍安全が生み出される。

【参考記事】トランプ政権の黒幕で白人至上主義のバノンが大統領令で国防の中枢に

 さて、ここで日本のとるべき施策はなにか。アメリカに行きたくて行けない、欧米で学びたくて学べない学生や若者に、活躍の場を提供する国が、どこかに必要である。すでにカナダが、拒絶された難民への門戸を開いた。日本にもそれができないだろうか。

 特に和解の場、学術交流の場を提供することは、教育と研究の国際化を目指す日本の政策に、合致する。9.11後、ヨーロッパの多くの国では環地中海対話促進のプロジェクトが多数企画、実施された。9.11以降、ドイツやスペイン、イタリアなど、従来必ずしも現代中東研究の中心とは言えなかった国々で、見る見るうちに中東研究者が育っていった。EUの文化・教育政策の成果である。だが最近聞くと、中東研究への資金援助が減っているという。EUの財政難が原因らしい。

 ならば、ますます日本の活躍の余地がある。

 アメリカと話をしたくてもできない――そういう「アメリカに嫌われた国」とアメリカの仲介や橋渡しをする外交は、かつて日本の対中東外交の重要な要素だった。パレスチナのPLOを「テロ組織」として接触を禁じるアメリカに対して、日本は当時のアラファトPLO議長を日本に招いた。アメリカと国交を持たないイランのハータミー元大統領が来日して、日本の国会で演説した。そういう柔軟な外交を展開する余地が、トランプ政権のアメリカだからこそ、日本に期待されているのではないか。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

企業向けサービス価格3月は2.3%上昇、年度は消費

ビジネス

スポティファイ、総利益10億ユーロ突破 販促抑制で

ビジネス

欧州委、中国のセキュリティー機器企業を調査 不正補

ビジネス

TikTok、簡易版のリスク評価報告書を欧州委に提
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story