コラム

感染爆発の渦中にあるアメリカが、集団免疫戦略に転じる可能性はあるか?

2020年07月16日(木)16時10分

トランプは先週末、初めて公の場でマスクを着用した姿を見せた Tasos Katopodis-REUTERS

<米南部、中西部で感染爆発、死亡者数急増が続くなかで、大統領選を目前に控えたトランプにはこれ以上の「独自路線」を展開する余裕はない>

今週アップされた第84回日本循環器学会学術集会の記念対談「新型コロナウイルスの流行における意思決定 ~未曾有の状況下でどう考え、どう判断すべきか~」(京都大学・山中伸弥氏×北海道大学・西浦博氏)は、日本というより世界規模におけるコロナ危機への認識について、あらためて問題提起をしている内容です。

この対談の後半、質疑応答の中で西浦博氏は、感染収束までの「タイムスパンというのは他の国に大きく揺さぶられる」とした上で、「アメリカでは流行状況の制御がすごく悪い」「南部の州を中心として今後どういう制御になるのか」「アメリカでの政治経済の状況が大変に危惧される」という言い方でアメリカの状況への懸念を述べています。つまり、アメリカでの感染動向が日本における第2波・第3波に影響するというのです。

そこで気になるのが「アメリカが集団免疫戦略に転換する」可能性です。西浦氏は「感染の制御と経済社会が二項対立となる」ことへの深い危惧を表明し、北欧や南米の例を取り上げつつ、遠回しな言い方で「(主要国が)集団免疫戦略に転じれば世界が壊れる」と危機感を表明していました。

確かに、現在のアメリカでは南部や中西部を中心に感染爆発が起きています。例えば、フロリダ州では先週末に「1日で1万5300件のPCR新規陽性者」が検出され、連日1万人前後の陽性者が出ています。また、テキサス州、アリゾナ州、カリフォルニア州(特にロサンゼルス郡)も非常に厳しい状況です。こうした地域では、今週に入って死亡者数も上昇しており、またICU(集中治療室)の占有率も危険なレベルとなっています。

その一方で、こうした地域では経済活動に関して「これ以上のロックダウンには反対」という世論は根強くあります。また9月の新学年にあたってリアルな学校をオープンするかについても、賛否両論が激しくなっています。そんななかで、トランプ大統領に代表される保守派は、感染症の専門家チームへの批判を強めつつ、学校と経済活動の再開にこだわっています。

反対に、今回「再度のロックダウン」に踏み切ったカリフォルニアのニューサム知事など、民主党の地方行政はWHOやCDC(米疾病予防管理センター)のガイドラインに忠実であり、感染状況に合わせて経済活動を規制する立場です。まさに、西浦氏の危惧するような「感染制御か経済か」という二項対立が政治の左右対立に重なってしまっているのが、現在のアメリカです。

大統領選というファクター

では、仮にトランプ大統領や共和党の州政府などが暴走して、「感染の制御をしないで、抗体保有者を増やし」、ワクチンの実用化を待たずに集団免疫獲得を狙う、つまり一時期のブラジルやスウェーデンのような戦略に向かうかというと、その可能性は低いと考えます。

偶然と言いますか、運命と言いますか、今年の11月には大統領選挙があるからです。

<関連記事:アメリカはコロナ感染の「第2波」に入ったのか?

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、米の半導体貿易政策を調査 「差別的扱い」 通

ワールド

アングル:米移民の「聖域」でなくなった教会、拘束恐

ワールド

トランプ氏、NATOにロシア産原油購入停止要求 対

ワールド

中国が首脳会談要請、貿易・麻薬巡る隔たりで米は未回
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story