コラム

「ぶどう1粒で逮捕」のニュースは、もっと背景の報道を

2018年10月04日(木)15時50分

「購入前のぶどうを食べる」のは試食として広範囲に自然に行われている omersukrugoksu/iStock.

<ぶどうを購入しないで1粒食べた高齢男性が逮捕された事件は、試食に関する日本の商慣習や急増する高齢者問題について考えさせる>

福岡市の青果店でぶどう1粒を店頭で、購入することなく勝手に食べたとして男性が窃盗(盗み)の疑いで逮捕されたそうです。NHK(ネット)などが全国ニュースとして配信しているのですが、報道として、今ひとつスッキリしない印象です。

大した事件ではないにも関わらず、全国ニュースになっているということには、恐らくは背景にある2つの社会的な要素を考慮しているからだと思います。仮にそうであれば、報道にあたっては、その2つの要素を説明して、開かれた形で問題提起をする必要があるのではないでしょうか。

1つ目の要素としては、日本の商慣習についてです。今回の事件の場合は、そもそも金を払う気が無かったようであり、余罪もあるようですから違うのですが、「買うつもりの味見」という意味合いであれば、「店頭で購入前のぶどうを1粒勝手に食べる」ということは、日本の外に行けばかなり広範囲で自然に行われている行為だと思います。

また、これと隣り合わせの考え方として、購入前の食品を店内で飲食し、その精算を事後にレジで行うということが許されている、そんな考え方も多くの国ではあります。こちらについては、日本では「行儀の悪い行動」と見なされるだけでなく、「未払いの商品を口にする」というのは、それだけで窃盗になるという解釈もあるようです。

今回の逮捕事例を受けて、仮にぶどう1粒であっても試食は禁止であり、また未払いの商品を口に入れる行為も窃盗だという国で、「明白な容疑があれば逮捕されることもありうる」ということになるのであれば、文化ギャップによる不幸な事件を避けるために、今後、PRなどにより注意をしてゆく必要があると思います。

仮に「ぶどう一粒で逮捕」という基準を広く適用するのであれば、急増中の外国人観光客、あるいは今後増加させる計画である外国人労働者などに対して、予め注意を喚起しておかねばなりません。観光客も移民も、これからは「異文化を知的に理解し、自分を適応させるのが旅の楽しみ」などと考える「先進層」では「ない」グループに対象を広げていいくわけですから、余計にPRが必要と思います。

不幸な係争事件が起きて社会問題になる可能性は低いですが、個別の事例で感情的な行き違いが生まれれば、旅行者の満足度を損なう事例はあり得ると思います。そして、そのような事例は、意外なスピードで大規模に拡散される時代でもあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ドイツ予算委が26年予算案承認、経済再生へ高水準の

ビジネス

サファイアテラ、伊藤忠商事による伊藤忠食品の完全子

ワールド

マクロスコープ:高市氏、賃上げ「丸投げしない」 前

ビジネス

メモリーチップ不足懸念、他の半導体注文に影響=中国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 10
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story