コラム

北朝鮮で「改革開放」を起こせるか?

2018年04月24日(火)14時45分

金正日と会談した胡錦濤国家主席(当時)は改革開放を説いたというが(写真は2010年5月の会談) KCNA-REUTERS

<南北、米朝の首脳会談で和平が進んだとしても、国内で人権侵害が続く今の北朝鮮で改革開放を進めるのは相当に困難>

北朝鮮危機に関しては、中朝会談が終わり、南北会談から米朝会談へという流れができています。現在のところ、まだまだ「落とし穴」はありそうですが、とりあえず「核実験場は放棄、長距離ミサイルも放棄」という話が流れ始めました。同時に、とりあえず軍事オプションは回避、北の政権交代はなしという「ある種の」現状維持が図られるというのも、漠然とした合意になりつつあると考えられます。

一部には、南北朝鮮が急速に再統一に向かうという説もあるようです。その場合、1990年の東西ドイツ再統一という先例を意識せざるを得ません。つまり豊かな西ドイツが経済の破綻した東ドイツを吸収合併して、しかも旧東ドイツの住民全員に先進国並みの生活水準を保障した先例が重くのしかかっています。

現在の韓国にそこまでの経済力はないことから、このドイツの先例を意識するのであれば、急速な再統一には慎重になるでしょう。もちろん、文在寅政権というのは韓国の左派で、韓国の中では再統一に積極的な立場に属します。ですが、仮に半島全体における歴史的な激変という事実に直面したときには、経済的な問題を意識して慎重になることは予想されます。

仮に南北が再統一に慎重となり、中朝会談に続いて米朝会談も成功したとします。そして噂されているように、核放棄については何らかの見返りが用意され、その上で、核放棄と見返りについては数年をかけて段階的に行う、従ってIAEA(国際原子力機関)の査察も数年後になる、それまでは「6者会合」を再開して段階的なステップを踏み、その「遅れも含めて」6カ国で確認しながら進める、そんな「穏やかな(そして残念ながら失敗の可能性を残した)解決」が合意されたとしましょう。

その場合、北朝鮮で「改革開放」は起きるのでしょうか? この点に関しては、2011年に健康を害していた最晩年の金正日が訪中して、胡錦濤主席(当時)に「自分の死後も北朝鮮を支援するよう託した」とされる際に、胡錦濤は「経済と社会の改革開放を行えば、政治革命なしで国家の繁栄を実現できる」という、実際の経済特区などに案内しながら説得したという説があります。

この胡錦濤の説得に対して、金正日は「それは無理」だと断ったというのです。理由は「経済活動を自由にすれば、結局は体制崩壊につながる」というのですが、それでは今回の核危機解決にあたってはどうなのでしょうか?

一つの考え方は、2011年当時と比較すると、現在は「西側の自由と民主主義」には相対的に魅力がなくなっているという指摘です。例えば、中国の多くの人は「結局は愚かな指導者や、愚かな孤立を選択するような民主主義の限界」を知ることにより、共産党の指導をより積極的に選択するようになったという説があります。

もちろん、そこには建前と本音の乖離というのは残るのですが、それでも、2011年と比較すると確かに「アメリカやイギリスなどの自由と民主主義」が色あせて見えるのは事実でしょう。もしそうであれば、北朝鮮にとっては社会の激変を起こさずに経済の改革開放を進める条件は整ったとも言えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story