コラム

「パナマ文書」問題がアメリカでは大騒ぎにならない理由

2016年04月07日(木)16時15分

 一つには、そもそも「租税回避地を使う」ことも含めて、合法的な節税を行うことには、まったく罪悪感がないというカルチャーがあると思います。建国の理由が英国王の徴税権からの離脱が目的だったこともありますし、そもそも節税や脱税に関する倫理的な非難が「されない」風土があるのです。

 80~90年代にレオナ・ヘルムズリーという女性が、ニューヨークのホテル王として一世を風靡しました。同時に彼女は「税金を払うのが嫌い」だと放言して脱税を繰り返し、逮捕されたり収監されたりという「お騒がせ」の存在でした。ですが、彼女が「脱税女王」として有名になっても、彼女の名前を冠した「ヘルムズリー・ホテルズ」のブランドは、彼女の存命中は衰えることはなかったように思います。

 現代のニューヨークのホテル王といえばドナルド・トランプですが、彼は大統領候補でありながら、確定申告書の公開を拒んでいて、その理由が「確定申告書がいつまでも確定しないから」と言っています。どういうことかと言うと、14年連続で税務調査の対象となり、要するに申告しても税務署が信じないので必ず税務調査がされて、最後は彼の得意な「ディール」で済ませるまで何年もかかるというわけです。

 そこまで納税意識が低いと、欧州やアジアでは社会的に非難されそうですが、アメリカでは、この点に関して言えば「トランプ支持派」でなくても、そんなに目くじらを立てることはありません。

【参考記事】パナマ文書はどうやって世に出たのか

 もう一つの理由は、租税回避地を使った節税が余りにも一般的になっているために、今回のリークの対象となった専門の法律事務所を使わなくても、アメリカ国内の普通の大手の会計事務所でオープンにできてしまうし、上場企業の場合は開示資料の中で堂々と開示していることが多いということがあります。その結果として、アメリカの「利用者」は、今回のモサック・フォンセカのリークには、余り入っていなかったということがあると思います。

 ちなみに、今回の「パナマ文書」問題に激怒して、オフショアを使った節税への規制強化に乗り出すという主張をしているのは、バーニー・サンダース候補です。これもアメリカでは、要するに「社会主義的な」左派ポピュリズムの立場からでないと、租税回避地の利用に対する積極的な批判は出てこないというわけです。

 オバマ大統領も事件を受けて「税法の欠陥を埋めるような改善が必要」だと述べていますが、同時に「租税回避地の利用を取り締まる」というサンダースのような主張が、TPP批判とセットになって保護貿易的な「経済鎖国思想」になることには警戒感を持っているようです。共和党の主流派になると、それはもっと顕著です。

 このような理由から、「パナマ文書」問題に対するアメリカの姿勢は、欧州やアジアでの大騒ぎとは少しトーンが異なっています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ウニクレディトCEO、独首相にコメルツ銀買収の正当

ビジネス

米EVルーシッド、第2四半期納入台数が38%増 市

ワールド

焦点:困窮するキューバ、経済支援で中国がロシアに代

ビジネス

スターボード、トリップアドバイザー株9%超保有 株
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story