コラム

新幹線放火事件で、安全性は揺らいだのか?

2015年07月02日(木)17時00分

 その一方で、危険物持ち込み対策を含めたセキュリティ確保という点では、今後に課題を残しました。では、具体的に新幹線ではどのような対策が可能なのでしょうか?

 まず、手荷物チェックに関してですが、諸外国の例では欧州のユーロスターや、中国の鉄道では手荷物全件のX線検査が行われています。ただ、この場合は空港のような保安検査場を設置するだけでなく、乗客は発車20分前に検査場に来なくてはならず、検査後の乗客を待たせるスペースなども必要となります。特に東海道も東北、上越、北陸も3~4分間隔で発車させている東京駅ではこのような対策は全く不可能です。

 現在建設中のリニア中央新幹線の場合、仮に手荷物の全件検査を行うとすると、大変な努力をして東京~名古屋間を40分で結んだのに、保安検査の関係で20分前に駅に来ないといけないということになり、何のための巨大投資かということになってしまいます。

 ですから、アメリカのアムトラックで行っているような、ランダム、つまり全員ではなく「抜き取り検査」を行うというのが現実的でしょう。例えばですが、乗車前の場合ですと、乗り継ぎの関係でギリギリになる人、自由席の席取りを急ぐ人などがいて混乱しますから、乗車後に座席でチェックする、場合によっては発車後にチェックをするという選択肢もあると思います。それでも、抑止効果はあると思われます。

 一方で、アメリカのアムトラックや中国の高鉄などでは、航空機と同じような実名記名式を採用しています。(ただしアムトラックは座席指定はなし)チケット購入時と検札時には写真入りIDを提示しないといけないというシステムです。

 ただ、日本の場合は「マルス」と呼ばれる指定券発行システムの歴史の中で「記名式」という思想を導入したことはなく、技術的に困難が伴います。またあらかじめブラックリストに乗っている人物のチェックは出来ても、今回のように無名の個人が自殺の手段として「初犯」の破壊行為を企図したような場合には抑止力はありません。ですから、コストを考えると適用は難しいのではないかと思います。

 1つ真剣に検討すべきなのは、不審な行動、不審な放置物などに関する通報システムです。アメリカのアムトラック(空港もそうですが)で言われている、If you See Something, Say Something.(「何か不審なものを見たら、通報してください」)ということですが、具体的には非常通報ボタンを各車両に設置するだけでは不十分だと思います。混雑時にはデッキなどへ行って通報するのは不可能だからです。例えば、車内wi-fiを拡大してスマホで通報できるなどのシステムは効果的と思います。乗客同士のトラブルなどを一々通報されては大変という懸念もありますが、乗客同士のトラブルが危険行為に発展する可能性もあるなか、検討に値するように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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