コラム

ベルリン・フィルの次期音楽監督人事を考える

2015年06月02日(火)12時51分

 フルトヴェングラー、カラヤン、アバドといった、その時代ごとに世界を代表する指揮者を音楽監督として招いてきたドイツの名門オーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(BPO)は、現在の音楽監督であるサイモン・ラトルが、2018年をもって退任し、ロンドン交響楽団の指揮者に転出することが決まっています。

 そこで、楽団員による選挙で次期音楽監督を決めるはずだったのですが、5月11日の投票では1人に絞ることができませんでした。楽団からは、1年以内には決定できるだろうという見通しとともに、「今回は決定できず」という発表がされましたが、世界中のクラシック音楽ファンの間では、あらためてこの「次期監督人事」が話題に上ることとなりました。

 世界中にオーケストラは数あるわけですが、どうしてこのBPOの指揮者の人事が特に話題になるのかというと、この楽団が世界の頂点にある、つまり世界中から優秀な独奏者を集めてきて構成した特殊なオーケストラだからです。一言で言えば、非常に上手なのです。早く正確に弾けるとか吹けるというだけでなく、楽員の一人ひとりが自分の音楽のスタイルを持っているので、それをベースとして指揮者の表現意図を理解して即座に音にする、しかもピタッと合わせることが大変に高度にできる楽団です。

 現代のクラシック音楽の世界では「新しい解釈、新しい表現」が強く求められます。時代の雰囲気がそれを求めるということもありますが、デジタル化した録音が山のように出回る中で、音楽ファンは過去の演奏スタイルに関しては熟知しているわけです。ですから、新しい演奏に際しては、過去にはなかったような表現への期待感が強いのです。

 そんなわけで、BPOというのは、指揮者が練り上げてきた新しい演奏のスタイル、楽曲の解釈を非常にスムーズに飲み込んで音にしてしまう、そうした特殊な楽団であるとも言えます。ですから、多くの客演指揮者との間で、興味深い演奏が繰り広げられています。ですが、楽団としての活動の根本としては、常任である音楽監督との長期間の共同作業を通じて、楽団としての新しい音楽を作っていかなくてはなりません。そして、過去の指揮者たちはそれを世界中に話題を提供する形で作って来たのです。ですから、次が「誰」になるかというのは、音楽ファンの大きな関心を呼ぶわけです。

 さて、現在のところは本命がラトビア出身のアンドリス・ネルソンズ、対抗馬がドイツのクリスティアン・ティーレマンで、楽団員の票が割れているということが言われています。ですが、私にはこの2人はどうも中途半端であるように思えます。

 まずネルソンズが若手でモダンな演奏、ティーレマンが伝統的な演奏をする大家という紹介がされていますが、これはちょっと違うと思っています。

 ネルソンズという人は、とにかく音楽の厚みを造るのが上手い人です。厚みというのはオーケストラの音量調整と、旋律の歌わせ方が適切なために、楽曲のスケールが大きく聞こえるということです。一方で細かな部分も丁寧に作るので、変なことはしなくても新鮮さと勢いの感じを与えることが出来る人です。そのために、確かに現在40歳前後の指揮者の中では世界的に人気があります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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