コラム

イギリス総選挙がアメリカで関心を呼ばない理由

2015年05月12日(火)10時48分

 アメリカの景気が好調なこともあるでしょう。欧州のニュースに関して言えば、ギリシャへの支援問題は現在かなり難しい局面に来ているのですが、仮にギリシャ支援の構想が破綻しても、2009~10年のようにそのショックからアメリカで株安になるのは考えにくい中で、ギリシャへの関心も薄れています。同様の理由で、イギリスの景気動向や政局も「自分たちには関係ない」という感覚があるのだと思います。

 イギリスへのEU諸国を通じた移民流入の加速が社会問題になっており、職を奪われた若年層も含めて「EU離脱論」があること、またその「EU離脱論」を主導した保守党が勝ったということも、アメリカでは今ひとつピンと来ていない面があります。

 アメリカの移民問題と言えば、メキシコ国境経由の不法移民問題がありますが、今はその合法化へ向けて大統領令が出されるなど、アメリカでは「移民排斥」ムードは薄くなっています。そんな中で、イギリスの問題への関心も低いのです。

 今回のイギリスの総選挙では、スコットランド民族党(SNP)が大躍進して、労働党の議席を大きく奪っています。また、昨年9月の独立を問う住民投票で敗北して辞任したサーモンド党首に代わって登板したニコラ・スタージョン党首が「左派政策」を雄弁に語って人気を獲得しています。ですが、このスタージョン党首という濃厚なキャラクターに関しても、アメリカではほとんど紹介されていません。

 これは、アメリカの世論の中にある、「オバマ、ヒラリーといった中道左派で十分」、つまりそれより左のポジションの政治家には興味はあまりないという雰囲気が反映していると思われます。アメリカで「左派の女性政治家」としては、エリザベス・ウォーレン上院議員(民主、マサチューセッツ州)という存在があるのですが、彼女でも「根拠の薄い左派ポピュリスト」という批判がされている程なので、ウォーレンよりさらに左のスタージョンには関心は向かないのだと思います。

 そんなわけで、極めて近い関係にあるイギリスの総選挙も、アメリカでは関心がほとんど払われませんでした。何点か理由を考えてみましたが、やはりアメリカが「内向き」ということが最大の理由だと思います。何と言っても、現在のアメリカ世論にとって最大の関心事はボルチモアの人種暴動です。

 暴動そのものは警官6名の起訴によって沈静化しましたが、その際にミュージシャンのプリンスが支援コンサートを行ったこと、強引に起訴に持ち込んだ若手のアフリカ系地区検事に賛否両論があること、一方でミシシッピ州では「警官に対するヘイト射殺事件」が発生したことなど、この事件を含めた警察と人種の問題はまだまだ落ち着いていないのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story