コラム

ヤフー社メイヤーCEOの「在宅勤務禁止令」を考える

2013年03月01日(金)13時37分

 米ヤフーのマリッサ・メイヤーCEOといえば、昨年2012年の7月にグーグルの副社長の座から、検索とポータルの「老舗」ヤフーにCEOとして移籍、その発表と同時に妊娠を公表したというので話題になりました。

 そのメイヤー氏は9月に出産を終えると、すぐに職場復帰してヤフーの改革を進めています。少なくとも大胆なトップページのデザイン変更、ユーザー・インターフェースの変更など、下手をすれば「IT草創期」のイメージを残していたヤフーを「現代的」なものに変えつつあるのは事実です。株価も就任時は15ドル台の半ばであったものが22ドル直前まで来ており、経営者としての滑り出しは順調だと言えるでしょう。

 ところが、このメイヤー氏ですが、今週に入って再びアメリカのIT業界では「お騒がせ」の状態になっています。というのも、2月25日(月)にヤフー全社に向けて「在宅勤務の禁止令」を発動したからです。

 この「禁止令」ですが、今年の6月までに「ヤフーのオフィスに出勤できない社員は転居してでも出勤できるようにせよ」という期限を切ってのものであり、それでも出勤の不可能な社員はそこでクビにするというのです。

 さて、この「事件」は大きな反響を呼びました。主だったところだけでも政治論評のポータル「ハフィントン・ポスト」など主要なメディアは激しく反発しています。「メイヤー氏のメッセージはあるべき姿の正反対」であるとか「億万長者の自分は高い給料でベビーシッターを雇っているくせに」、「これでメイヤー氏は全米の子育て家庭を敵に回した」など、散々な論評があふれています。

 そうした激しい反発もそうですが、このニュースが大きな話題になった背景にあるのは、アメリカの場合、このような「在宅勤務」は当たり前になりつつあるということでしょう。例えばですが、昨年10月末に米国北東部を襲ったハリケーン「サンディ」では、ニューヨークを中心とした公的交通機関は壊滅的な被害を受けました。

 地下鉄の中には復旧まで数週間を要した線もあり、通勤客は大打撃を「受けたはず」なのですが、例えばニューヨークの証券取引所は数日で再開できています。とにかくアメリカの場合、個人情報漏洩の危険や企業秘密の流出といったリスクはゼロではありませんが、そうした問題は契約書とシステムのセキュリティ管理で解決しているという理解が一般的です。基幹の社員が「在宅勤務」が可能というのは、労働慣行としてもまた実務のインフラとしても確立しているのです。

 では、そんな中でどうしてメイヤー氏はあえて「在宅勤務の禁止」に踏み切ったのでしょう? 2月26日のニューヨーク・タイムズも、このニュースを1面で取り上げているのですが、他のメディアが批判一辺倒であったのに対して、ヤフー側のコメントも詳細に紹介しながら、バランスのある内容になっていました。その中では「在宅勤務は確かに生産性向上にはメリットがあるが、イノベーションの環境としては不向き」だというメイヤー氏とその周辺のコメントが出ていたのです。

 要するにヤフーはITの「老舗」かもしれないが、既に組織がマンネリに陥っており、大胆な改革が難しくなっているというのです。メイヤー氏は、グーグルがベンチャー企業であった時の熱気のように「社員があちこちで議論を戦わせ、時には大胆な提案にも思い切ってチャレンジするような社風にしたい」のだそうです。「CEOが職場を巡回している時に、いきなり新しいアイディアを皆で叩くようなディスカッションが生まれる」そんな会社にしようというのです。

 逆に「在宅勤務」はそれぞれの持場をハッキリさせて、効率よく作業を進め、メールなどで効率よく営業活動もできるかもしれないが、そこからは大胆なイノベーションは生まれないのだとしています。

 このニュースのもたらした反響はとりあえず、現時点ではこんな感じですが、今後、余りに反対が多くてメイヤー氏が苦境に立つかもしれませんし、逆にヤフーが大胆な改革に成功して、メイヤー氏がそれこそ元気な頃のスティーブ・ジョブズ氏のように業界で恐れられるような「すご腕」CEOだということになるのかもしれません。その辺は注目して行きたいと思います。

 ですが、改めてメイヤー氏の発信したメッセージを噛みしめてみると、何とも言えない思いがするのです。「在宅勤務は生産性を高めるかもしれないが、イノベーションには不向き・・・」。日本の場合はどうでしょうか? 「在宅勤務が生産性を高める」という一点に絞っても、たぶん、組織風土が違い過ぎます。対面型コミュニケーションを重ねたり、オフィスにある「原本」を確認しないと物事が進まない中、在宅で生産性を高めようという発想からは何年遅れているのでしょうか?

 更に言えば、「オフィスでの自由なディスカッションからイノベーションが生まれる」というのも、「会議を重ねれば重ねるほど慎重論が出てリスクが取れなくなる」風土とはまるで逆のように思います。そう考えると、メイヤー氏の問題提起は「ワーク・ライフ・バランスの追求に逆行」などという見方だけでは理解したことにはならないように思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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