コラム

体罰禁止論議と国旗国歌論議の重なる部分

2013年01月28日(月)10時56分

 大阪の桜宮高校バスケットボール部で主将が自殺した問題は、自殺原因と推測される監督の体罰の背景に「体罰容認カルチャー」があるということから、大阪市の橋下市長は「体育科の入試中止」を支持、これに対する賛否両論が起きているようです。

 この問題に関する私の立場は、橋下市長への全面支持です。自身の政治的資産を消費する覚悟で、「人が1人亡くなった」ということの重さを若者たちに問い続ける姿勢は、現代の日本に欠けてしまったもの、そして最も再建しなくてはならないものの1つを感じるからです。

 また、大阪市の教育の問題には、様々な問題から学校現場の秩序、つまり学級運営や生徒指導がうまく行かないという状況があり、それが体罰容認カルチャーの背景にあったとして、それに対しても「ノー」を突きつけたという意味合いも大きいと思います。

 こうした問題提起は貴重です。とりわけ、体罰を止めて言葉で説得してゆく、そして常に結果を気にしながら時には敗北への懲罰といったネガティブなプレッシャーをかけて行くのではなく、個々人の個性を見ながら効果的な技術指導を続けるというのは、どんなに困難があろうと、反発があろうと他に正しい方法はないのだと思います。

 私個人の見解を付け加えるならば、それは勝利至上主義を捨てることでも何でもなく、勝利への唯一の、そして最短の道であるとも思います。

 何よりも貴重なのは、言葉と理論による説得を繰り返して指導するというアプローチが、従来はともすれば富裕層のエリート向けの方法論だというイメージがあったものを、橋下市長は大阪市の全ての若者に適用すべきだと主張していることです。

 ここで1つ、市長に良く考えていただきたい問題があります。

 であるならば、国旗国歌の問題も同じではないかということをです。

 市長は、特に府知事時代を通じて「大阪の教育現場は荒廃し、特に規範意識が崩れている」として、その規範意識を植え付けるために「教職員が公務員であるにも関わらず国旗国歌を認めないという態度」を根絶するべきだと主張して来ました。

 つまり、愛国心論議であるとか、国のかたち論議などという高尚な話ではなく、それこそ校内に暴力が横行し、学級運営のできない状況への対策の一環として教員自身が「規範」に従わない状況はダメというのです。裏返して言えば、愛国心論議とか国のかたち論議というのは、規範意識のある、エリート向けであって、万人向けのものではないという話です。

 ですが、今回の「体罰カルチャーを全ての学校から根絶する」そして個々の生徒に目を向けて理論を教え、納得するまで粘り強く説得するというアプローチを万人に向けて適用するのであれば、国旗国歌の問題も同じではないかと思うのです。

 例えば、日本には「国のかたち論議」というのは3種類あるわけです。戦前戦後で変わっておらず、それでいいという立場、いや変わっていないからダメなんだという立場、そして戦前の問題は修復されて良くなったという立場の3つです。実は、そうした根本的な部分での多様性の中に、そしてその均衡の中に現代日本の「国のかたち」があるのです。

 これは面倒な議論であり、それこそ「規範意識」が重要という立場からは、そんな面倒な議論はエリートだけで自己満足的にやっていればいい、ということになっていたわけです。ですが、そこまで悲観的になる必要はなく、日本の社会と言うのは大変に成熟していて、勉強熱心でない若者でも、そうした「面倒な議論」に入れて行っても良いのではないか・・・脱「体罰カルチャー」という立場を詰めて行った先には、そうした展開もあるのではないでしょうか?

<お知らせ>
ブログ筆者、冷泉彰彦氏の安倍政権に関するロングインタビューが、明日(29日)朝日新聞朝刊に掲載されます。また同日午後9時30分から放送予定の日経CNBC「NEWS ZONE」に冷泉氏がゲスト出演します。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米財務長官、中国にロシア・イラン原油購入削減求める

ビジネス

再送米国株式市場=反落、ダウ784ドル安 中東緊迫

ワールド

原油先物が大幅高、中東緊迫化で米WTI8%超上昇

ワールド

EXCLUSIVE-トランプ氏、ガソリン価格上昇を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    「え、履いてない?」モルディブ行きの飛行機で撮影された、パイロットの「まさかの姿」にSNS爆笑
  • 3
    「ハリポタ俳優で終わりたくない」...ハリー・メリングが新作『ピリオン』で見せた「別人級」の変身
  • 4
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 5
    「イランはどこ?」2000人のアメリカ人が指差した場…
  • 6
    対イラン攻撃に巻き込まれ、湾岸諸国が存立危機
  • 7
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「旅客数が多い空港」ランキン…
  • 9
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 10
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story