コラム

グローバル人材を育てるにはどうしたらいいのか?

2012年05月18日(金)12時07分

 内田樹氏による、最新のブログエントリ「利益誘導教育の蹉跌」はなかなか示唆に富んだ内容でした。と言っても、その本論である「大阪府内の高校を対象としたTOEICの成績コンテストが失敗した」原因の指摘は、少々的外れのように思いました。面白かったのは本論ではなく、話が脱線した際の展開です。少々長いのですが、なかなか冴えた筆致なので引用します。


「やりたいこと」に達するために、しぶしぶ迂回的に「やりたくないこと」を我慢してやるようなタイプの人間は、どのような分野においても「イノベーターになる」ことはできない。これは自信を以て断言することができる。ぜったいに・なれません。(中略)だから、ジョブズやザッカーバーグを「グローバル人材」のサクセスモデルとして示しておきながら、「『グローバル人材』になるために、先生の言うことを聞いて、学校の勉強をちゃんとやりましょう」と言ったって、それは無理なのである。


 これは今現在の日本の「学校の勉強」を前提とするならば的を得ていると思います。「ぜったいに・なれません」と太宰治風にわざわざ平仮名表記するまでもないことです。

 内田氏の指摘は更に続きます。


「最もイノベーティブな子ども」は学校においては「能力計測不能」の「モンスター」としてしか登場しようがない。でも、文科省や経産省の役人たちは「モンスター」については何も考えていない。何の指示も出していない。だから、教師たちは「モンスター」が出現したきたら、青くなって潰しにかかるはずである。


 面目躍如と言っていいでしょう。この後の部分で、内田氏は「学校教育で潰されなかったとしたら、その半分は帰国子女だ」などとも言っています。実際に帰国子女を送り出す側の私には全く笑えない話ですが、ある部分では残念ながら深く納得させられるものがありました。

 ですが、これに続く内田氏の提言は余りに抽象的で、無力感すら漂う感じなのです。例えば「学校教育の目的は金が稼げる知識や技能を習得させることじゃない」と言う以外に「計測不可能」な能力を持つ子供たちを学校教育に引き戻す言葉はない、とか、「学校教育の目的は次世代を担うことのできる成熟した市民を育成することである」というのが教育の本義だ、というのは「正論」かもしれませんが、これでは一歩も先へは進めないように思われました。

 現代に通用する人材を育てるには、具体的には3つの問題があると思われます。

(1)「イノベーティブ」な人材育成と言っても、とにかく基礎を叩きこまなくてはダメです。確かにジョブズやザッカーバーグは相当にクセのある子供だったかもしれませんが、少なくとも高校卒業時までに微分方程式までやったのは間違いないわけで、それも天才だからと宿題が免除されたわけでもないと思います。基礎となる技能の部分をしっかり教えるのが教育の土台というのは、技術が高度化し抽象化している現代でも否定できないのです。彼等のように「クセのある」子供にも基礎を叩きこめるような教え方のメソッドを確立しなくてはなりません。

(2)「イノベーティブ」な人材は「能力計測不可能」というのがそもそも間違いです。抽象概念の操作の力、確信に満ちた表現力、その背景にある情報量の多さ、情報に対する取捨選択力、他者との関係性におけるイニシアティブの取り方、多様な価値観の受容と安定的な観点の確立など、様々な角度から人材を評価することは可能ですし、またこうした技能を積極的に伸ばす教育が高校までの中等教育で整備されなくてはならないと思います。

(3)教師には指導技術や生徒の能力計測に加えて、大切な要件があると思います。それは「自分より優秀な生徒を潰さないで伸ばす」という態度です。若者の才能に気づかない教師もダメですが、半端に気づきながら、自分より秀でた才能に嫉妬したり自分の権威が脅かされると敬遠したりするようではもっとダメです。

 従来の日本の教育は、どんなに形式主義や機械的な訓練に偏っていても、個々の若者は「反骨精神」をバネに伸びてゆくだろうという甘えがありました。ですが、現代のグローバルな競争はそのような「のんきな回り道」をする余裕を与えてはくれないのです。クセのある若者に基礎を叩きこみ、その能力を認めて伸ばす教育が何としても必要なのです。

 本稿を書いている途中で、そのマーク・ザッカーバーグが設立した「フェイスブック」社の上場売り出し価格が一株38ドルに決定し、同社の時価総額は1000億ドル(8兆円)を超えるというニュースが飛び込んできました。

 弱冠28歳のザッカーバーグがこのような「成功」を収めたことが凄いのではないのです。彼はこの先もずっと、株主の期待に応えて「フェイスブック」を高収益のビジネスへと変革してゆく責任を負い続けるのですが、とりあえず市場がそれを信任したことが凄いのだと思います。次世代を信じて巨額の資金を託すこともまた、次世代を育て社会を永続させるために必要な態度なのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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