コラム

被災地へ、被災地から(その4)

2011年06月17日(金)10時54分

 今週の朝日新聞(電子版)に「東北の高速道整備を提言へ 国交省有識者会議、予算狙い」という記事がありました。(6月15日8時34分掲載)わざわざタイトルに「予算狙い」という文言を入れているあたりに、かなり否定的なニュアンスを感じます。

 内容は正にそうで、有識者会議が「三陸縦貫道(仙台市ー岩手県宮古市)などの整備を目指す」と紹介しながらも、「少子高齢化が進む東北では採算割れのリスクが高く、新規の予算獲得は難しいのが現状だ。」とバッサリ切り捨てています。

 この三陸縦貫道ですが、この記事だけ読めば被災地に高速を通してもムダという印象を与えます。せめて国道を復旧させるのが先決で、何で高速などという贅沢なことを言っているのだ、「予算狙い」という言い方には、そんな感想に誘導しようという意図も感じられます。

 ですが、5月末に陸前高田を訪れた経験から申し上げると、この記事には2つ大きな誤解があることを指摘したいと思うのです。

 まず、1点目ですが、記事だけ読むと「全くの新規路線」のような誤解を与えますが、この「縦貫道」、仙台から松島、石巻を通って登米東和までは開通しています。そこから北の部分も例えば、私が5月末に訪問した陸前高田から大船渡の付近、山田町の付近などは部分開通しているのです。ですから、残る30%程度の区間を予定通り完成させるという話に過ぎません。

 そうは言っても、国道が寸断されている中でどうして高速の建設話がこの時点で出るのか、そうした疑問が湧くのは自然だと思います。では、国道の事情はどうなのでしょう? 

 重要なのはこの2点目の問題です。陸前高田市の状況がいい例です。三陸は海沿いに国道45号線という「2ケタ国道」が通っています。仙台から青森(実質的には八戸)まで、太平洋岸を縦貫する幹線国道です。陸前高田も当然この45号線を物流の動脈として頼っていました。隣町の気仙沼を通って、南三陸、石巻経由で仙台までのこのルートこそ、三陸と仙台都市圏、そして関東へと結ぶ主要なルートだったのです。

 ところが、巨大津波に襲われた陸前高田では、気仙川を津波が遡上し、また引き波のインパクトも激しかったことから、この国道45号線の気仙大橋は完全に破壊されてしまいました。本稿の時点では、陸前高田と気仙沼は完全に寸断されており、大きく山側を迂回しなくては行けないのです。これでは復興のための工事資材の運搬などにも不便であり、緊急工事として仮設橋の建設が進められているところです。

 さて、幹線国道である45号線の大きな橋が、どうして仮設という対応になるのでしょう。国として、復旧する意志がないわけではないようです。問題は、国道をどう再建するかが決まっていないというところにあります。この陸前高田では、国道45号線はほぼ海沿いに走っています。瓦礫の撤去が進み、今では一応自動車が通れるようになってはいますが、この海沿いの地域は地震のために約80センチも地盤沈下しているのです。

 その結果、45号線は大潮の満潮時には水没する部分が出てくるのです。従って、震災前の状況に復元するためには、相当の盛土をしなくてはなりません。一方で、海沿いに国道を再建するのであれば、巨大堤防を作ってその上に通すという考え方もあります。また、海沿いは危険ということから、住宅地も商店街も、また水産加工業などの工業団地も少し内陸に「ずらす」という構想も、あるいは相当部分を「丘の上」に「上げる」という意見もあるわけです。

 では、この中でどれが現実的なのでしょうか? まずお断りしておきますが、国道をどこに再建するかという選択は、陸前高田というコミュニティをどこに再建するかという問題、そして三陸一帯の被災地をどう再建するかという「国策」に密接に関わってくる問題です。

 そうした国策や街の再建方針とも関連する一方で、仮に純粋に国道の再建という観点で考えると、4つの案があり得ます。つまり(1)水没地区の盛土の上、(2)大規模堤防の上、(3)少し内陸にずらす、(4)防災対策も兼ねて丘の上に国道を上げる、という選択肢があるわけです。このうち、現実的なのはどれでしょうか? まず(2)は巨額な費用がかかります。作る以上は12メートル級かあるいは15メートル級が必要だからです。(3)も困難です。というのは被災前の市街地にかかる地域での地権の調整には、10年とか20年はかかると言われているからです。

 残るは(1)と(4)ですが、(1)はやる以上は海沿いの地区での商店街や水産加工団地の再建が伴うべきです。国道だけ海沿いに作って、市街地は丘の上というわけには行かないでしょう。そうなれば、やはり市街地を守る相当な規模の防潮堤が必要になってきます。

 消去法になりましたが、一番簡単で、費用的にも負担が軽いのは(4)なのです。国道を丘の上に上げるというと、一番費用がかかりそうなのですが、実はもう既に「三陸縦貫自動車道」として半分が完成しているのです。用地買収も進んでいますし、山中なので地権が錯綜することも少なく済んでいます。南半分の開通済みの区間はともかく、岩手県内の場合は、大船渡近辺にしても、山田近辺にしても、部分部分で「国道45号線のバイパス」として運用されているのですが、これをこの地方の物流の軸として一気に作ってしまえば、復興計画にとって重要な柱になると思うのです。

 整理しますと、(1)寸断されている国道の本格再建は都市計画待ち、移設となれば地権絡みで難航の可能性(2)三陸縦貫自動車道は既に半分完成、残りの土地収用も容易、(3)三陸縦貫自動車道は標高の高い場所を通しているので、防災道路としても極めて有効、という状況下で、一連の復興計画の中で縦貫道の完成は「最優先事項」に入れていいし、入れるべきだということになります。

 もっと言えば、この縦貫道を当面は無料化すると共に、高規格なインターチェンジは先送りして簡素な出入口を多く設けて「バイパス」のままにしておく、そしてバイパス沿いの丘の上に少しずつ、工場や商業地、住宅地が形成されるようにしてゆく、そうすればそれがそのまま復興の流れになると思います。

 冷静に考えてみればそうなのですが、そうした事情を世論に説明もしない国交省、冷淡な報道しかしないメディアの姿勢を見ていると、この「縦断道路」についても「政治が決定できない」雰囲気が感じられます。

 ちなみに、被災地では「民主党対自民党」とか「小沢対反小沢」といった対立や怨念は消えて、復興への実務に注力しているわけです。中央でも同じように対立を解いて、決定を1つずつ積み重ねて行くことはできないものでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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