コラム

フロリダの過激「牧師」とマンハッタンの「モスク問題」は結びつくのか?

2010年09月10日(金)11時26分

 9・11から9周年は、ただでさえ「マンハッタン南部のモスク計画」で揺れていたのですが、ここへ来てこの9月11日にイスラム教の聖典であるコーランを「焼却するイベント」を実施すると公言する「牧師」が登場して、大騒ぎになりました。この「焼却」については、フロリダ州ゲインズビル市にある「ドーブ・ワールド・アウトリーチ・センター」という「教会」のテリー・ジョーンズなる「牧師」が9月11日の午後6時から行うと宣言しているのです。

 ただ、前々日の9日の午後になって、このジョーンズ師と、「マンハッタンのモスク計画」を主導している人物の間で「モスク建設場所を移動する方向」での「取引」ができたらしく、ジョーンズは「焼却イベント」を中止して、11日にはニューヨークに入り、モスク計画のグループと会談することになったと一旦は報じられました。ですが、その後このジョーンズ師は「まだ焼却を止めたわけではない」などと発言しており、今後の展開は全く分からなくなりました。

 モスク建設派の立場とすれば、自分もアメリカに住んでいる以上、万が一「焼却」が行われてイスラム世界全体がアメリカを敵視するようなことになれば、自分たちの生活も安泰ではなくなるわけで、その辺で「大人の姿勢」を取ることも考えたはずです。ですが、仮にもこの異常な「牧師」の脅迫に屈したということになるのは、この手の脅迫を許すことにもなる、その辺が大変に難しいところです。というのは、仮にそんな「取引」ができたとすると、この「山師」は「コーラン焼却」というとんでもない脅迫によって「モスクの建設場所見直し」を勝ち取ったことになるからです。

 ところで、今回の「教会」がフロリダ半島のど真ん中にあることは、ある種象徴的です。フロリダという州は、大変に複雑な州です。ニューヨークというのが、人種のるつぼ(最近は混ざり合っていないという意味で、人種の「サラダボウル」と言ったりもしますが)の典型である都市だとすれば、フロリダというのはそれが州レベルになっているとも言えます。カリフォルニアもサラダボウルには違いないですが、宗教色の薄い白人社会にアジア系が経済活動で深くコミットしている独自のカルチャーがあり、またマイノリティも組織的に反骨精神を発揮する機会があるわけで、良くも悪くもカリフォルニアとして独自の文化を感じさせます。

 ですが、このフロリダというのは実に多様な集団がバラバラに集まってきており、相互の交流はあまりなく、また宗教も多岐にわたっているのです。ヒスパニックの存在感もキューバ系を中心に大きいですが、意外に力を持っているのがユダヤ系であり、セントピータースバークやネープルスなど西海岸にはユダヤ系の大きなコミュニティもあります。一方で、白人のWASPはどちらかというとカトリックに押されているというイメージもあり、中西部とは少し違っています。そして、全体的に不動産バブル崩壊による今回の不況の影を色濃く残した地域でもあります。肝心の観光業も非常に厳しい状態が続いているわけで、これもこの地域の「闇」を深くしています。

 そんな中、カリフォルニアが「何でもあり」の自由と混乱を見せているとしたら、フロリダは「何が潜んでいてもおかしくない」閉じた多様性のようなものを残した州だと言えるでしょう。そうした事情が、草の根保守が宗教的に思いつめる土壌につながっているのだと言えます。例えば、2005年に起きたテリー・シャイボさんという女性の尊厳死をめぐる騒動では、尊厳死に反対する宗教保守派と賛成派が激しい対立を見せていましたし、今年の中間選挙でも、上院については、共和党の公認は「ティーパーティー」のルビオ候補が取り、これを「許せない」とした現知事のクリスト候補が無所属で立って保守分裂。一方の民主はリベラルのアメリカ黒人候補のミーク氏が候補というように、左右と中道がバラバラに戦う事態になっています。

 1つの要素としては、アリゾナのように「反ヒスパニック感情」が不法移民反対という情念には向かえない、そんな事情もあります。つまりヒスパニックの多くがキューバ難民なので、アメリカ的な価値観では亡命にも正当性が出てきてしまいます。そんな中「反移民」を叫ぶ形で保守派がフラストレーションの「はけ口」にすることは不可能なわけで、その分だけ「保守の自分探しと価値観のアピール」のテーマが尊厳死反対とか、今回の「コーラン焼却の脅迫」などといった問題に情念が噴出してしまったということは言えるでしょう。勿論「コーラン焼却」を表立って支持していた人間は少ないですが、その背景にはこうした風土があるということは言えると思います。

 いずれにしても、メチャクチャとしか言いようのないジョーンズ牧師の行動が、仮にも「マンハッタンのモスク問題」との「リンク」に成功したとしたら、フロリダの「草の根保守」が勢いを増すのは間違いないでしょう。一方で、本当に「焼却」が実行されてその映像が「ユーチューブ」などに流れるようなことになれば、アメリカの政治も、中東政策も何もかもメチャクチャになる可能性もあります。本稿の時点では、全く予断を許さない状況ですが、1つ、フロリダの地元警察と消防は「奥の手」を考えているという説があります。

 地元ゲインズビル市の消防によれば、フロリダ州法では「屋外のたき火」は禁止されていないそうです。ですが「いかなる有害物質も燃やしてはならない」という法律もあるそうで、「印刷物に使用されているインク」は自動的に有害物質とみなされるそうです。つまり、コーランに点火した瞬間に環境破壊の違法行為にあたるわけで、当局としては「未然に防止する」強制執行が可能ではないかという方向性で体制の検討に入っていると言われています。そんなエピソードも含めて、今回の「アンチ・イスラム」という現象は、まだまだアメリカの社会と政治を揺さぶり続けそうです。いずれにしても、9・11という多くの人の命日は、こうした対立の中に呑み込まれてしまいそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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