コラム

ホットドック早食い大会はどうしてトラブルに至ったのか?

2010年07月07日(水)01時53分

 アメリカは契約社会と言われるだけあって、法律用語、特に契約書の文章には厳格です。例えば、日本の契約書には最後の条文として「甲乙の間に本契約書で定めた以外の係争事項が生じた場合は、甲乙誠実に協議するものとする」という意味不明な「誠実条項」があります。これは英訳不可能であり、英文契約書には入れないのが普通です。

 では、英文契約書ではどうして「例外的な係争に関わる誠実調整義務」を入れないのかというと、契約書というのはそもそも利害が対立した場合の調整機能を持たせる「約束」であり、例外事項においても、利害が対立した場合は、双方がそれぞれの利害を主張するのが当然であって、誠実調整義務というのはナンセンスだからです。

 それに加えて、例外が発生する可能性がないぐらいに「ありとあらゆる事態を想定して」徹底的に契約条項を詰めるのが「良い仕事」だということもあるでしょう。そのような徹底したロジック性の追及ということが英語の世界にはあります。あえて、企業内公用語として英語を採用したり、あるいは企業がグローバルな世界に打って出るために英語を使ってゆくのであるならば、こうした「英語のロジック性」を習得することが大事でしょう。

 丁度、独立記念日のホットドック早食い大会で、小林尊氏が「契約のもつれ」から出場できないまま、大会終了後に壇上に上がろうとして警官とトラブルになるという事件がありました。ですが、少なくともビジネスとしては小林氏の参加には主催者側のメリットはあるはずで、他の大会への参加を一切認めないというような独占権(exclusivity) を主張してくるのには何らかの理由があるはずです。

 そもそもこのホットドック早食い大会は「7月4日の独立記念日」に行われる「愛国行事」だそうで、2006年まで小林氏が連覇していたことで大会の知名度が上がったものの、2007年からチェスナットというアメリカの巨漢がタイトルを奪還してからの3年間は、既に「異国のコバヤシ」を「我が国の王者」が倒すことで、アメリカ人が溜飲を下げるというムードが漂っていたのです。

 こうした経緯を考えますと、小林氏を「USA王者の引き立て役としての外国の悪玉」というキャラに貶めようという意図が主催者にあり、そのために他の大会での「勝者=善玉キャラ」になることを妨害しようということだったのではというストーリーが考えられます。仮にそうであれば、契約締結に至らなかったにも関わらず会場にいて情緒的な抗議を始めるというのは「ケンカの作戦」として失敗だったと言わざるを得ません。

 そもそも小林氏の活躍によって話題性を獲得していった大会なのですから、もっとしっかり主張すべき所は主張して、どうしても悪役キャラとして消費されそうな危険を感じたら、日本やアメリカの世論に訴えながらあくまで契約社会の頭脳プロレスの戦いを有利に進めるべきだったのです。契約というプロレスの土俵でしっかり相手を屈服させることができずに、あいまいな形で「観戦」し、実際に大会が終わった時点で「俺にも食べさせてくれ」と叫びながら壇上に進むというのでは「負け」です。

 しかも、一部の報道によれば、その「逮捕劇」の際に「USA、USA」というコールが起きたというのですから、仮に本当であるならば、穏やかではありません。これでは「日本のツナミ」こと小林氏は本当に「異国の悪玉キャラ」に仕立てられてしまいます。私は、このような流れを断ち切ることができないのであれば、小林氏はこの大会とは縁を切るのが正解とも思います。別の季節の別の企画で、自分が悪玉にならないような演出を前提として「自分の場」を作ってゆくべきです。

 そうでなく、あくまでこの大会への小林氏の思い入れを生かしてゆくのであれば、とにかく「悪玉」的な扱いを取り下げさせ、その上で妙な「縛り」を外させて、自分を名誉ある過去の王者で、現王者の最大のライバルとして認めさせ、その上でしっかりした経済的権利を勝ち取るべきだと思います。契約社会のバトルはあくまで、契約というフレームでということです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story