コラム

再燃する「反テロ感情」に揺れるアメリカ

2010年01月06日(水)15時00分

 アメリカの年末年始は、クリスマスの静寂と比べると「平常モード」です。年越しのパーティー騒ぎが終われば、新年はさっさと日常の日々が待っているわけで「お屠蘇気分」もなければ「新しい年のケジメ」というムードもそれほどありません。ということは、歳末から新年にかけては、例えばTVのニュースなどは平常の報道体制を取っていて、色々な事件があれば、普通に取り上げるのです。

 例えば、2004年の12月26日に起きたスマトラ沖の大震災と大津波に関しては、アメリカの報道体制は素早かったのですが、それはこの「アフタークリスマス」の時期でも各局が非常シフトが組めるほど「平常」だったからです。今年の場合は12月25日に起きたデトロイト着陸便の爆弾テロ未遂事件がほぼ同じタイミングで起きたのですが、そんなわけでアメリカの各メディアは「平常モード」で思い切りこのニュースを報道し続けました。

 そうは言っても、一般の世間ではこの時期「ロングバケーション」を取る人も多いわけで、そうした人々は時間があるからとTVをつけると、24時間この「テロ未遂」のニュースばかりということになったのです。ハワイで休暇中のオバマ大統領も散々振り回された挙句に、何度も会見をさせられて、それでも対応の遅さを批判される始末です。

 とにかくメディアのリアクションだけ見れば、アメリカは「9・11直後」のような緊迫したムードに包まれてしまいました。共和党側は、大統領のテロへの警戒が足りないと、ものすごい勢いで非難キャンペーンを張っています。ターゲットは、容疑者に影響を与えたらしい「イエメンのアルカイダ」だということになり、イエメンの警察組織への連携であるとか、更には米軍によるイエメン空爆が迫っているという情報などが年末年始に錯綜しました。逆にアルカイダが活性化して攻勢を強めているということから、米英仏の在イエメン大使館は窓口を閉鎖したようです。

 一番大きな影響が出ているのは空港です。特に今回の容疑者を「通してしまった」オランダのスキポール空港をはじめ、世界各国の「米国行き便の出発地」では厳戒態勢が要請されています。それ以上にピリピリしているのが、アメリカ国内の空港です。例えば、1月3日の日曜日には、休暇からの「リターンのピーク」にも関わらず、セキュリティの問題でニューヨーク近郊のニューアーク空港のターミナルが6時間閉鎖されてしまい、大変な影響が出ました。

 というのは、セキュリティチェックのエリアを「堂々と通り抜けた人物」がいたというのです。おかしいというので、監視カメラを再生したら「やっぱり本当だ」というので大騒ぎになりました。空港当局は直ちに該当する「ターミナルC」に関する「到着便、出発便全便の停止」と「空港セキュリティチェック領域内の全員」を対象に「一旦全員をエリア外に出して再検査」を行うとともに、ターミナル内に不審物、不審者はいないかのチェックを行ったのです。

 このターミナルCというのはメガキャリアのコンチネンタル航空の「メインのハブ」であり、恐らくは全米の空港の中で最も乗降客の多いターミナルだと言われています。しかもこの日の戸外は日中も氷点下で強風が続いており、体感温度は零下10度以下ということで、膨大な数の乗客がターミナルの建物から出るわけにもいかず、座るスペースもないまま、しかも空港当局からは何の説明もないまま床に座り込んだり、チェックインカウンターやエスカレータをイス代わりにしたりして耐えたと言います。

 注目すべきは、「それでも乗客たちはガマンした」ということであり、事件の報道があって、しかも専門家筋からは「空港当局が政治的に体面を気にしすぎた」というコメントが出ていても、多くの人が空港の措置について「仕方がない」と思っているようです。共和党や保守派は「これ以上トラブルが出たらオバマ大統領の責任」ということと「場合によってはイエメン攻撃も辞さず」という強硬姿勢を取っていますが、では「仕方なくガマンしている」多数派の人々は、同じようにオバマ叩きやイエメン攻撃も「仕方がない」と思うでしょうか?

 この点は不透明です。年明けの株が上がっていることや、街の雰囲気には明るさがあることなどから見て、多くの人が「9・11直後と同じ危険な状態とは思っていない」のは明白ですし、依然として「平和を志向するオバマのチェンジ」に期待する民意はハッキリ存在します。ですが、仮に「もう一回テロ未遂」があるようだと、どうなるかは分かりません。

 オバマ大統領は、一連の言動から見て「冷静さ」を呼びかけたいようですが、同時に「カッカしている保守派との分裂は避けたい」という「いつもの超党派志向」も強く出てきています。アフガンのように、本心では強硬策には気乗りがしない一方で、超党派的落とし所をいつまでも探し続けて、結果的には相当右へ行ってしまう、そんなパターンにならないよう祈るばかりです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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