コラム

「中国ウイルス」作戦を思いついたトランプ大統領は天才?!

2020年03月27日(金)15時00分

中国政府の失敗は有名だが、上記の太字部分はすべて、トランプ政権にも言えること。実はコロナウイルスの発症に関して、中国の保健機関から米疾病対策センター(CDC)に最初に連絡があったのは1月3日とされる。まだ中国における感染者が数十人で、死亡者が確認されていない早い段階だ。しかし、それからの数週間、脅威度が増しても、米政府内の専門家が警鐘を鳴らしていても、トランプはその情報に耳を塞いでいたという。

この時期、政府職員が武漢から呼び戻されたことなどから、政府内で警戒レベルが高まっていたことが分かる。それでもトランプは動かないし、国民に対しては楽観的な見込みを示す。2月18日の「ウイルスは4月までに消えるはず」という迷言が一番分かりやすいが、実際に消えそうなのはウイルスではなく、国民の安心、NBAのプレーオフ、数百万人の雇用、数兆ドル分の金融資産などなどだ(ちなみに、トランプと同じ最新の機密情報を握っていた上院情報特別委員長のリチャード・バー議員は、2月13日に持ち株を売却しているから安心だけどね、彼だけは)。

大勢のアメリカ人が命を落とす。その何倍もの人が甚大な経済損失を食らう。こんなことになったのは中国政府の責任もあるかもしれないが、それよりもアメリカ人への直接的な責任を持つのはトランプ自身であろう。

トランプの天才ぶりが怖い

しかし、その事実をうまく忘れさせるのが「中国ウイルス作戦」。実は、トランプのツイッターを見ると分かるが、3月半ばまでは彼もコロナウイルスと呼んでいた。それが国内の感染拡大が深刻化してきた3月後半には中国ウイルスという呼び名で徹底している。3月19日の演説の台本も手書きでcorona virusをChinese virusに書き直している。偶然じゃない。天才の判断だ。だって、国民が感じる恐怖を怒りに代える。しかも、怒りの矛先を外に向ける。二度おいしい作戦だ!

保守系メディアも歩調を合わせて作戦を応援している。例えば、「ウイルスに国籍はない。差別や誤解につながるためWHO(世界保健機関)も2015年から感染症に地名をつけない方針を発表している。われわれも専門家と同じくコロナウイルスやCOVID-19と呼ぶようにしよう」と、反論する中道メディアや野党の政治家に対しても怒りをあおる。国民が団結しないといけないところで、ささいな「呼び方批判」でトランプ・バッシングに走っている! という調子で。

これもうまい論調だ。FOXニュースの司会者であるショーン・ハニティが、中国ウイルスの予防策や周知活動が一刻を争うなか、左派メディアは呼び方にばかり集中して時間を無駄にしている! と猛批判しているのを見て、僕も一瞬、納得しそうになった。そのあと、ハニティも予防策や周知活動をそっちのけに、「呼び方批判批判」に長い時間を費やしたけど。

さらに、大統領に有利なのは「中国ウイルス作戦」に中国が反発すること。中国がトランプを非難するのは「ジョー・バイデン元副大統領を応援している証し」として、大統領選挙の対戦相手となりそうな人物を攻撃する材料に使える。アメリカ人は外国による選挙介入は絶対許せないからね! (本来はこれ、笑うポイントではないはずだよね。2016年のロシアによる大統領選挙介入は国民として超残念だが、ボケが一つ増えるから、芸人としてはラッキー!)

大統領にとっておいしすぎる、中国ウイルス作戦は世論操作に有効だが、こんな時に使ってはいけない黒の術だ。「パンデミック」は古代ギリシア語で「全ての人」という意味だが、誰もが感染しうるだけではなく、地球上の全員が力を合わせて止めないといけないもの。そんな意味も込められていると、僕は思う。自己利益のために、大事な戦いにおける協力相手となる国に喧嘩を売ってはならないのだ。感染症も一種の天災でとても恐ろしいが、トランプが見せている一種の天才も十分怖い。

★ちなみに、このコラムを書き終えた瞬間、トランプは中国ウイルスという言い方を控えると発表した。空気を読めないな~。でも、撤回するのは遅いが、大事な方向転換だ。僕も合わせて撤回しよう。やはり、トランプは天才ではない。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米テスラ、従業員の解雇費用に3億5000万ドル超計

ワールド

中国の産業スパイ活動に警戒すべき、独情報機関が国内

ワールド

バイデン氏、ウクライナ支援法案に署名 数時間以内に

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story