コラム

中国で異例の大ヒット、「一人っ子政策」の影に真正面から切り込んだ『シスター 夏のわかれ道』

2022年11月25日(金)15時45分

かつて父親は幼い娘に障害があることにして、第2子を出産する許可を得ようとした。しかし、アン・ランは委員の前で障害者のふりをすることを拒み、父親の怒りを買った。その後も父親が家父長制的な価値観を押しつけ、進路にも干渉したため、彼女は家を離れ、自力で生きる道を選んだ。一方、息子を諦められなかった両親は、二人っ子政策へと移行したことで第二子を作ったのだろう。

そのためアン・ランとズーハンの脳裏にある父親像はまったく違っている。姉は真っ先に叩かれたことを思い出す。叩かれたことがない弟は、姉の話を聞いて、「同じパパなのに違う人みたい」と語る。

一人っ子政策の副産物である海外養子縁組制度

『中国「絶望」家族』には、著者であるメイ・フォン自身の個人的な体験も盛り込まれているが、それが頭にあると、このアン・ランと父親の関係がよりリアルに感じられる。

メイ・フォンは、中国からマレーシアに移住した中国人の子孫で、一族の血筋を誇りとする家で育った彼女の父親は男の子を望んでいたが、生まれたのは五人とも女の子だった。その末っ子だったメイ・フォンは、親戚から、「本土にいたら、おまえは生まれてなかった」と言われたことをきっかけに、中国の男子偏重主義と一人っ子政策を知った。さらに、父親と娘たちの関係を以下のように綴っている。


「会計士だった父は息子という『資産』がないことをいつも悔やんでいて、私たち娘は自分たちが『負債』であることを思い知らされながら育った」

「父は息子がいないという立場に耐えられず、八つ当たりで娘たちを叩いたり、発作的に怒りを爆発させたりした」

そしてもうひとつ、本作では、養子縁組をめぐる駆け引きが終盤まで繰り返され、アン・ランは、弟を売ろうとしているかのように、親戚から批判され、ネットでも中傷されるが、そんな構成も一人っ子政策と無関係ではないように思える。『中国「絶望」家族』の後半では、一人っ子政策の副産物である海外養子縁組制度が取り上げられ、それが人道的行為なのか、人身売買なのかが検証されている。アン・ランが自分の人生を生きるために、養子縁組という手段に頼らざるをえなくなるのも、ある意味では、一人っ子政策の副作用と見ることがきるだろう。

激しい衝突を繰り返して、お互いに理解を深める......

では、その副作用はどのようにして乗り越えられるのか。本作で興味深いのは、アン・ランが出口を求めてもがくうちに、彼女を取り巻く人々との関係が変化していくことだ。アン・ランは親戚たちと対立する。なかでも父方の伯母は、弟であるアン・ランの父親のために進学を諦めた過去があるため、アン・ランにも犠牲を払うことを求め、養子縁組を妨害することも厭わない。一方でアン・ランには、同じ病院で働き、一緒に北京に行く約束をしている恋人がいる。

そのため最初は、その恋人だけが彼女の味方のように見える。ところが、相手が誰であっても衝突を恐れないアン・ランの姿勢によって、そんな図式が変化していく。裕福な家庭で育った恋人は、どんな場合でも衝突を避け、敵を作らないように生きているため、アン・ランとの間に溝が広がっていく。これに対して、アン・ランと弟や伯母は、激しい衝突を繰り返すたびに距離が縮まり、お互いに理解を深めていく。

本作で最終的に重要になるのは、アン・ランがどんな決断を下すかではない。彼女の独立心は両親に反発することで育まれたが、いつしかその反発が消え去り、自己を確立することになるからだ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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