コラム

東ドイツの「過去の克服」を描く『僕たちは希望という名の列車に乗った』

2019年05月16日(木)17時00分

若者とその親たちが過去と向き合う『僕たちは希望という名の列車に乗った』(c)Studiocanal GmbH Julia Terjung

<戦後の西ドイツでナチスという負の遺産と正面から向き合った実在の検事フリッツ・バウアーに光をあてた『アイヒマンを追え!』の監督が、今度は東ドイツの「過去の克服」を描く>

以前コラムで取り上げたラース・クラウメ監督のドイツ映画アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男(16)は、戦後の西ドイツでナチスという負の遺産と正面から向き合った実在の検事フリッツ・バウアーに光をあてた作品だった。「Der Staat gegen Fr itz Bauer(国家対フリッツ・バウアー)」という原題が示唆するように、そこでは国家とバウアーという個人の戦いが描き出された。

やはり実話に基づくクラウメの新作『僕たちは希望という名の列車に乗った』からも、戦後の東ドイツを舞台に同様の図式が見えてくる。

(参考記事)再ナチ化が進行していたドイツの過去の克服の物語『アイヒマンを追え!』

1956年東ドイツ、ナチス時代にまでさかのぼり、歴史が見直される

ベルリンの壁が建設される5年前の1956年。東ドイツの高校に通うクルトとテオは、クルトの祖父の墓参りのために訪れた西ベルリンの映画館で、ハンガリーの民衆蜂起を伝えるニュース映像を目の当たりにする。ソ連の支配に反感を持つふたりは、この事件に刺激され、級友たちに呼びかけて授業中に2分間の黙祷を行う。

教師は"社会主義国家への反逆"とみなされるその行為に憤慨し、やがて郡学務局員が調査に入る。さらに、国民教育大臣までもが直々に教室に押しかけ、一週間以内に黙祷の首謀者を教えなければ、全員を卒業試験から締め出すと宣告する。生徒たちは、仲間を密告するか、信念を貫いて大学進学を諦め、労働者として生きるのかの二者択一を迫られる。

クラウメの2作品の共通点は、国家と個人の戦いということだけではない。そこにはもっと深いテーマが埋め込まれている。

本作では、当局がどんな手を使ってでも首謀者を特定しようとする。郡学務局員は生徒たちと個別に面談し、彼らが知らない親たちの秘密を暴露し、動揺を誘い、脅迫し、精神的に追い詰めていく。その結果、過去が重要な位置を占め、ナチスの時代にまでさかのぼり、歴史が見直されることになる。

ドイツ国民の大多数がヒトラーを支持したという前提から

2作品の出発点は同じところにある。ロバート・ジェラテリー『ヒトラーを支持したドイツ国民』で明らかにしているように、ドイツ国民の圧倒的大多数がヒトラーを支持したという事実は争えない。それが大前提になる。

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『ヒトラーを支持したドイツ国民』ロバート・ジェラテリー 根岸隆夫訳(みすず書房、2008年)

では、ヒトラー独裁の後に誕生した両ドイツ国家は、そんな負の遺産に対してどのような姿勢をとったのか。

以前にも書いているように、西ドイツでは、人々が、ヒトラーという悪魔と、悪魔に利用された人の好いドイツ人の間に一線を引くことで過去を清算しようとした。アデナウアー政権のもとで経済復興が優先され、脱ナチ化の取り組みは失敗し、連合国によって排斥された人々が復権するなど再ナチ化が進行していた。だからバウアーは国家と対決しなければならなくなる。

(参考記事)アウシュヴィッツ裁判までの苦闘を描く 『顔のないヒトラーたち』

これに対して、東ドイツでも、西とは異なるかたちで体制の正当化が行われていた。ペーター・ライヒェル『ドイツ 過去の克服』によれば、ソ連の影響が濃くなるに従って、反ファシズムという国是は形骸化していった。歴史は歪曲され、ヒトラー政府による権力掌握が、対ソ侵略戦争の準備とドイツ共産党指揮下でのプロレタリア革命の防禦を追及するものであったと、主張された。

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『ドイツ 過去の克服----ナチ独裁に対する1945年以降の政治的・法的取り組み』ペーター・ライヒェル 小川保博・芝野由和訳(八朔社、2006年)

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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