コラム

日本経済は新型コロナ危機にどう立ち向かうべきか

2020年03月25日(水)12時00分

感染拡大局面と縮小局面では異なる政策目標と手段

以上のように、多くの国は現在、感染拡大抑止を最優先の政策目標に設定する結果として、そのことによって生じる経済的損失を甘んじて受け入れるという選択を行っている。こうした価値判断には、当然さまざまな異論が生じ得る。実際、新型コロナ危機の初期段階では、「いくら新型とはいえただの風邪程度のものに経済活動を抑制までして対応する必要はない」という意見も数多く散見された。そうした意見は、現状においてさえ必ずしも的外れというわけではない。というのは、この感染防止か経済かの選択は、何が正しいのかという科学的・実証的判断の問題ではなく、価値として何を尊重するのかという規範的判断の問題だからである。その判断を最終的に下すのは、あくまでも公的意志としての「社会」である。あらゆる経済政策の背後には、このような意味での社会全体の集合的価値判断が存在している。

仮に人々が感染拡大抑止を最優先の政策目標として設定した場合、次に問題になるのは、「そのために最もふさわしい政策手段は何か」である。これは、政策目標選択の場合とは異なり、何が望ましいのかという規範的判断の問題ではなく、何が現実的に有効かという科学的・実証的判断の問題である。たとえば景気対策についてであれば、経済学者たちはこれまで、金融政策と財政政策という二つの代替的な政策手段の持つ効果の優劣を、理論や実証によって詳細に検討し続けてきた。このように、ある政策目標の実現のために有効な具体的な政策手段についての十分な知見を持っているのは、通常はその領域の専門家たちである。実際、新型コロナ危機への対応策として専門家たちが現在行っている提言や提案の多くは、この意味での政策手段に関するものである。

現在、日本を含む各国は、新型コロナ危機への対応策を、さまざまに模索しつつある。そうした数々の政策手段の中で、感染拡大阻止が政策目標として優先される局面において率先して割り当てられるべきものの一つは、休業に対する十分な所得補償である。というのは、感染拡大抑制のためには休業の促進が必要であるが、そのためには個人や企業に対して「休んでもらっても損はさせないようにする」ことが必要だからである。

もう一つの代替的な政策手段には定額給付があり、それは確かに、休業で所得を失った生活困難者の救済には役立つ。しかし、就労の有無とは無関係に一定額が付与される定額給付には、所得補償のような休業インセンティブは存在しない。

日本政府が3月10日に公表した「新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応策--第2弾」では、あくまでも学校の臨時休業に伴って生じる課題への対応としてではあるが、日額上限8,330円の有給休暇助成、フリーランスに対しては日額4,100円の支援が決定された。イギリス政府は3月20日に、全英のカフェ、レストラン、バー、パブに対し、同日夜以降指示があるまで休業を続けるよう要請した上で、休業従業員の給与の8割を政府が補償することを宣言した。日本政府も、クラスター・リスクを少しでも減らしたいと考えるのであれば、こうした休業支援をより一層拡充していくことが必要になろう。

不幸なことに、日本以外の世界各国では、新型コロナ危機への対応ということでは、この感染拡大阻止という政策目標がより緊急度を増しており、経済それ自体はいわば二の次三の次になっている。しかしながら、感染拡大阻止という政策目標がいったん達成されたあかつきには、局面は大きく反転する。というのは、その段階では、政策目標それ自体を、それまでは意図的に抑制されていた経済活動をいち早く正常化することに移していかなければならないからである

この局面で割り当てられるべき政策手段は、基本的には景気対策と同様なマクロ的需要拡大政策である。というのは、生産拠点が物理的に大きく毀損されるような戦争や震災とは異なり、今回の感染病による供給能力の毀損それ自体はきわめて軽微にとどまるからである。憂慮すべきはむしろ、経済活動の抑制を強いられ続けたことによる人々の消費マインドの萎縮である。したがって、この経済正常化の局面では、政府は、定額給付や消費減税といった経済回復のための思い切った需要拡大政策を、間髪入れずに行う必要がある。

ただし、今回の新型コロナ危機に関しては、通常の景気対策をやればそれで十分とは必ずしも言えない。というのは、感染拡大抑止局面での経済収縮は、とりわけ旅行業、飲食業、観光業、スポーツ・演劇・音楽イベント業のレジャー・エンターテイメント産業に集中しているからである。仮に日本国内で感染拡大が収まったとしても、海外の状況を見れば、当面はそれら産業へのインバウンド需要の回復は望めそうもない。また、東京オリンピックの延期によって、国内の観光レジャー産業全体が壊滅的な打撃を受けることは明らかである。それに対しては、これらの業種への軽減税率や商品券といった、一般的な景気対策以外の政策手段を別に割り当てる必要がある。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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