コラム

数十年ぶりに正常化しつつある日本の雇用

2018年08月31日(金)19時30分

実際、各時代および各地域の成長する経済においては、多くの場合において「労働者の実質賃金が労働生産性の上昇を反映して上昇する」というこの定型的関係が確かに成り立っている。ところが、そこには顕著な例外が存在する。それが、1997年以降の日本経済である。

次の図は、上記の2018年04月03日付コラムにも転載した、厚生労働省『平成27年版労働経済の分析-労働生産性と雇用・労働問題への対応』の第2章第1節「デフレ下における賃金の伸び悩みとその要因」に掲載されている第2-(1)-3図「賃金と生産性の国際比較」である。それは、1995年から2014年までの20年間において、ユーロ圏諸国およびアメリカでは、労働者の実質賃金が労働生産性上昇を反映して上昇する関係が確かに成り立っているが、日本ではそれが成り立っていかなったことを示している。

noguchi0831a.jpg

この図はまた、日本の労働生産性の伸びそのものは、アメリカよりは劣るがユーロ圏諸国を凌駕していたことを示している。にもかかわらず、日本の実質賃金は、アメリカやユーロ圏とは異なり、上昇するのではなく傾向的に低下し続けていた。それは、この時期の日本経済に生じた長期デフレ不況によって、日本の雇用環境が悪化し、日本の労働者の名目賃金が労働生産性の上昇にもかかわらず絶えず切り下げられ続けたからである。

以前のコラム「雇用が回復しても賃金が上がらない理由」(2017年08月17日付)で指摘したように、消費税増税が行われた1997年以降の日本経済においては、物価以上に名目賃金が低下し、結果として実質賃金が低下し続けてきた(同コラム図1参照)。それは、景気の低迷によって財貨サービスへの需要が減少した結果、企業が収益の確保のために、雇用の切り詰めと同時に賃金の切り下げを余儀なくされたためである。

1997年4月の消費税増税を発端とした経済危機以降、日本の企業は、従来の慣例であった年功に応じた定期昇給を放棄し、成果主義に名を借りた賃金切り下げに邁進した。さらに、賃金コスト全体の圧縮のために、正規雇用から非正規雇用への置き換えを積極化させた。また、春闘を通じた年々の賃上げである「ベア」もしばしば見送られるようになった。

要するに、日本の労働者の賃金は、長期デフレ不況による雇用環境悪化を背景に、さまざまな形で切り下げられていったのである。これが、物価と賃金が相伴って下落し続けていた、日本における「長期デフレ縮小均衡経済」の本質である。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米がイラン核施設攻撃、B2爆撃機関与 トランプ氏「

ワールド

トランプ氏、現時点でイラン追加攻撃計画せずと表明へ

ワールド

米がイランに21日接触とCBS報道、バンカーバスタ

ワールド

ベラルーシが反政権派指導者ら14人釈放、日本人2人
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 7
    ジョージ王子が「王室流エチケット」を伝授する姿が…
  • 8
    中国人ジャーナリストが日本のホームレスを3年間取材…
  • 9
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 10
    ブタと盲目のチワワに芽生えた「やさしい絆」にSNSが…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story