コラム

アベノミクスが雇用改善に寄与した根拠

2017年10月13日(金)16時30分

それに対して、アベノミクスが開始された2013年以降は、単に失業率が低下を続けたのみではなく、就業者数と労働力人口がともに、明確に増加し始めるようになった。つまり、アベノミクス以降は、それ以前とはまったく異なり、「労働力人口が拡大に転じたにもかかわらず、就業者数がそれ以上に拡大し、結果として失業率が低下した」のである。

要するに、民主党政権期の失業率低下は「労働供給が労働需要以上に縮小した」ことによっていたのに対して、アベノミクス期のそれは「労働需要が労働供給以上に拡大した」ことによるものであった。したがって、「失業率の低下は労働人口の減少によるものであって、需要の回復によるものではない」といった仮説は、民主党政権期の状況に対しては当てはまる可能性があったとしても、少なくともアベノミクス期に対してはまったく当てはまらないのである。

景気循環に伴う労働力の退出と参入

日本の生産年齢人口、すなわち労働力の中核をなすと想定されている15歳以上65歳未満の人口層は、1997年の約8,700万人をピークとして、それ以降は毎年一貫して減少し続けてきた。にもかかわらず、それ以降の日本の完全失業率は、ごく近年にいたるまで、低下するよりはむしろ上昇し続けてきた。

それは、完全失業率とは、単に労働供給のみではなく、その時々の労働需要にも大きく依存するものだからである。日本の完全失業率が生産年齢人口の減少が始まった1990年代末以降も上昇し続けてきたのは、労働供給の減少以上に労働需要が減少し続けてきたからである。

それに対して、図1が示すように、アベノミクス期には、労働需要を反映する就業者数が、労働供給としての労働力人口以上に拡大し、完全失業率はその結果として低下し続けていた。つまり、アベノミクスによる雇用改善は明らかに、労働供給の減少によってではなく、労働需要の拡大によってもたらされたということである。

興味深いのは、生産年齢人口それ自体は、アベノミクスが開始された2013年以降も減少し続けているにもかかわらず、働く意思のある人々の総数を示す労働力人口は、この2013年以降、一貫して拡大し続けてきたことである。それはなぜか。

実は、このように労働供給としての労働力人口が必ずしも生産年齢人口には連動せず、景気循環とともに増減することは、きわめて一般的に観察される現象なのである。つまり、景気が悪化すれば就業者のみならず労働力人口それ自体も減少し、景気が拡大すれば就業者とともに労働力人口も増加し始めるということになる。

それは、景気の悪化によって賃金等の雇用条件が悪化すれば、職探しを諦めて労働市場から退出する、いわゆるディスカレッジド・ワーカー(求職意欲喪失者)が増加するからである。景気が回復した場合には、その逆が生じる。その結果、労働力人口すなわち労働供給は、景気に連動して増減するのである。

実際、リーマン・ショック後には、生産年齢人口の減少以上に労働力人口の減少が進んでいた。それは、深刻な不況に直面する中で、多くの人々が求職意欲を喪失したことを意味している。そして、彼ら求職意欲喪失者たちは、民主党政権の時代にはまだ労働市場に復帰しようとはしていなかった。それは、その時期には労働力人口が依然として減少し続けていたことから明らかである。彼らは、アベノミクスによる雇用の回復と、それによる労働条件の改善によってはじめて、改めて労働市場に戻る意欲を取り戻すことができたのである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ6州に大規模ドローン攻撃、エネルギー施設

ワールド

デンマーク、米外交官呼び出し グリーンランド巡り「

ワールド

赤沢再生相、大統領発出など求め28日から再訪米 投

ワールド

英の数百万世帯、10月からエネ料金上昇に直面 上限
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 7
    「どんな知能してるんだ」「自分の家かよ...」屋内に…
  • 8
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    イタリアの「オーバーツーリズム」が止まらない...草…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story