コラム

台湾海峡で対立しても「関係維持」を目指す意味──CIA長官の中国極秘訪問

2023年06月06日(火)19時20分
ウィリアム・バーンズ長官

CIAのウィリアム・バーンズ長官(2023年5月9日) Ken Cedeno-REUTERS

<台湾海峡で中国の艦船がアメリカの駆逐艦に急接近したニュースが世界をかけ巡ったが、一方でリスクを軽減する取り組みも始まっている>


・CIAのバーンズ長官が先月、極秘に中国を訪問し、情報担当者らと協議していたことが明らかになった。

・バイデン政権のもとで行われた高官の協議としては、最もハイクラスのものである。

・バーンズ訪中は「緊張がエスカレートしているからこそコミュニケーションを絶やさない」という意志の現れといえる。

台湾海峡で緊張がエスカレートしているが、その一方で米中が緊張緩和に向けて動いていることは、国際政治のリアルを浮き彫りにする。

「前提条件なしにかかわる」

台湾海峡で6月3日、中国の艦船が米海軍の艦船に急接近し、アメリカは「危険な行為」を批判した。翌日、中国の李尚福国防相は台湾有事が「壊滅的な結果を招く」と警告を発した。

このニュースは世界をかけ巡り、「米中対立のエスカレート」を印象づけた。

ただし、注意すべきは、メディアの多くがほとんど報じないが、米中間でこうした偶発的な衝突のリスクを軽減する取り組みもすでに始まっていることだ。

米中の艦船がニアミスした前日の6月2日、英紙フィナンシャル・タイムズはアメリカ政府の複数の高官が匿名を条件に明らかにした話として、CIA(中央情報局)のウィリアム・バーンズ長官が先月、極秘で中国を訪問していたと報じた。それによると、バーンズは中国の情報・安全保障部門の担当者と会談し、コミュニケーション維持の重要性を協議したという。

CIA長官はアメリカ最大の情報機関のボスだ。その極秘訪中そのものが「対立がエスカレートしても関係は遮断しない」というアメリカ政府の強い意志を象徴する。

米中間ではこれまでハイクラスの実質的な会談はほとんど行われてこなかった。

昨年11月、G20サミットが開催されたインドネシアでバイデン大統領と習近平国家主席は初めて直接会談した。

しかしその後、今年2月に予定されていたアンソニー・ブリンケン国務長官の訪中は「気球騒動」でキャンセルになった。また、ロイド・オースティン国防長官も2月にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアログ)で李尚福国防相と言葉を交わしたものの、実質的な話はなかったという。

そのため今回のバーンズ訪中は首脳同士の会談以降、最も高いレベルの協議である。

フィナンシャル・タイムズがバーンズ訪中を報じた日、安全保障担当のジェイク・サリバン補佐官は「競争をマネージし、競争が紛争にならないようにするため、我々は前提条件なしに中国とかかわる(engage)用意がある」と述べた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インド西部で離陸直後市街地に墜落、死者多数 英国行

ビジネス

独主要シンクタンク、25年成長率を上方修正 財政拡

ビジネス

ECB金利は適切な水準、インフレ低下は一時的=シュ

ワールド

IAEA理事会、イラン非難決議採択 イランは対抗措
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 2
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 5
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 6
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 7
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 8
    【クイズ】今日は満月...6月の満月が「ストロベリー…
  • 9
    みるみる傾く船体、乗客は次々と海に...バリ島近海で…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット騒然の「食パン座り」
  • 4
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 5
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 6
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 7
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 8
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 9
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 10
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story