コラム

撃たれても倒れないロシアの「ゾンビ兵」、ウクライナ側でも深刻化する薬物問題

2023年04月06日(木)14時10分

ウクライナにも蔓延する薬物

もっとも、戦争と薬物がつきものだとするとウクライナも無縁ではない。

昨年3月、ロシア国営放送はドネツクでウクライナ兵のための麻薬工場を発見したと報じたが、これ以外にウクライナ側の兵士による薬物使用の状況についての証言は他に得られていない。

むしろ、ウクライナ側で鮮明なのは、戦争をきっかけに民間人の薬物問題が深刻化していることだ。

もともとロシア南部からウクライナにかけては、アフガニスタンなど大麻生産の盛んな中央アジアとヨーロッパを結ぶ、麻薬のシルクロードとも呼べる地域で、これに関連して武器取引や人身売買といった組織犯罪も横行している。

その結果、ウクライナでは以前から薬物が普及していた。国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、2018〜2020年の段階でウクライナ成人のうち麻薬常習者の割合は1.7%にのぼった。これは世界屈指のレベルだ(ちなみに日本は0.47%、アメリカで0.65~0.84%、ロシアで1.32%)。

麻薬工場も多く、2020年だけで79カ所が摘発されていた。ロシア側の発見したという麻薬工場はこうしたものの一つである可能性が高い。

そこに発生した戦争で状況はさらに悪化したとみられている。昨年6月、UNODCはウクライナ戦争が麻薬の製造・取引を増幅させかねないと警告した。

実際、ロシアによる侵攻後のウクライナでは無警察状態によって組織犯罪を抑制しにくくなっただけでなく、空爆などは人々の不安と緊張感を極度に高めた。その一方で、依存症ケアのクリニックが破壊されたり、流通網の破壊によって薬物過剰摂取の拮抗薬ナロキソンが入ってきにくくなったりしている。

ウクライナで依存症患者のケアを行うボランティアの代表はアルジャズィーラの取材に「状態の悪い患者が増えて眠れない」と、自分自身が追い詰められる状況を語っている。

このように形は違っても、ロシアとウクライナには薬物の影響が強く懸念される。

世界銀行は3月、ウクライナで破壊された建物やインフラの再建には1350億ドル以上かかるという試算を発表したが、本格的な復興にはさらに多くの資金と時間がかかるとみられる。

ウクライナでの戦闘がどのように決着がつくかは予断を許さない。しかし、今後たとえ短期間で終結を迎えたとしても、人々に及ぼした影響は甚大で簡単には修復できないだろう。薬物の問題はその一端といえるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ネクスペリア中国部門「在庫十分」、親会社のウエハー

ワールド

トランプ氏、ナイジェリアでの軍事行動を警告 キリス

ワールド

シリア暫定大統領、ワシントンを訪問へ=米特使

ビジネス

伝統的に好調な11月入り、130社が決算発表へ=今
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story