コラム

撃たれても倒れないロシアの「ゾンビ兵」、ウクライナ側でも深刻化する薬物問題

2023年04月06日(木)14時10分

こうした疑惑の解明に役立つと注目されるのが脱走者の証言だ。今年1月、ワグネル兵アンドレイ・メドベージェフがノルウェーで身柄を拘束された。

もともと受刑者だったメドベージェフはワグネルにリクルートされ、刑務所を釈放されて戦闘に加わったが、6ヵ月の契約期間が過ぎると勝手に契約を更新されたという。その後、ロシアの人権団体の支援で、ロシア国境にあるパーツヨキ河を超えてノルウェーに亡命した。

今後メドベージェフはノルウェーで裁判にかけられる見込みだが、弁護士は「彼は自分の経験を話すつもりだ」と述べており、法廷でワグネルの実態が明らかになることが期待される。

戦争と薬物の黒い糸

つけ加えるなら、兵士の麻薬使用そのものは珍しくない。

近代以前、いわゆるハイになれる薬草などを摂取したうえで戦いに向かったり、鎮痛効果のある薬草で負傷者の苦痛を和らげたりするのは世界各地でみられた。

しかし、兵士に恐怖、苦痛、疲労を感じさせないため薬物を利用することは、むしろ近代以降になって組織的に行われてきた。

第二次世界大戦中、ドイツ軍は疲労回復などの目的でペルピチンと呼ばれる薬剤を兵士に支給していた。その主原料メタンフェタミンは今日、依存性、中枢神経興奮作用のある薬物としてほとんどの国で規制されているが、戦時中はアメリカ、イギリス、日本などドイツ以外でも広く用いられた。

戦中・戦後の日本で、兵士だけでなく民間人にも出回った「ヒロポン」は、基本的にこれにあたる。市川崑監督の映画で有名な『犬神家の一族』は、戦争と薬物の暗い関係をモティーフにしていた。

ベトナム戦争ではこれがさらに加速し、1971年には駐留アメリカ軍兵士の約15%が麻薬中毒と報告されるほどだった。

ベトナム戦争はアメリカ軍がほぼ初めて経験した本格的なゲリラ戦だった。いつ、どこから、どうやって攻撃されるか分からない恐怖と緊張感がつきまとうなか、薬物依存の兵士が増えた。

500人以上の民間人が殺害されたソンミ村の虐殺(1968年)など、ベトナム戦争ではアメリカ兵による無差別発砲も目立ったが、薬物の蔓延はその一因にあげられる。

ベトナム戦争はその後アメリカ政府が「麻薬撲滅」をアピールするきっかけになった。

これらの前例を踏まえれば、平均生存時間4時間ともいわれるバフムトの過酷な戦場で、ワグネルに薬物乱用に関する疑惑の目が向けられるのは自然な成り行きだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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