コラム

内乱激化で邦人も退避 背景に展望、スーダン情勢を理解するための5つの基礎知識

2023年04月24日(月)16時00分
アニトニオ・グテーレス国連事務総長

スーダンでの即時停戦を呼びかけるグテーレス国連事務総長(4月20日) Mike Segar-REUTERS

<ブルハン将軍の率いる軍事政権と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の衝突と紹介されるこの争い。もともと対立していたわけではなかった両者だが、バシール体制の崩壊が転機に>

北東アフリカのスーダンでは戦闘が激化しており、この1週間だけで死者は300人にのぼったとみられる。4月21日には邦人退避のため航空自衛隊の輸送機も経由地ジブチに出発した。断片的にしか報じられないスーダン情勢を理解する5つのポイントを紹介する。

1.前大統領派の「反乱」

スーダンでの戦闘は首都ハルツームを含む各地で広がっている。その構図はブルハン将軍が率いる軍事政権とその傘下にある準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の衝突、と紹介されることが多い。

mutsuji230424_map.jpg

RSFはなぜ「ボス」を攻撃するのか。これに関してRSFを率いるダガロ司令官は「民主化を求めるため」と主張しているが、これを額面通りに信用することはできない。

むしろ、この衝突は過去の因縁が爆発したものといえる。

ブルハンとダガロはもともと対立していたわけでもない。むしろ、この二人は2019年までこの国を支配したアル・バシール大統領(当時)を長く支えた点では共通する。

バシールは1980年代末から30年以上にわたって権力を握り続けた。その間ブルハンは軍人として、ダガロは民兵組織のリーダーとして、それぞれ反体制派の取り締まりや、スーダン南部の分離独立をめぐる内戦(2011年に南スーダンとして独立)でバシール体制を支えた。

その転機はバシール体制の崩壊にあった。経済状況の悪化にともない、2018年暮れから各地で抗議デモが拡大し、民主化を求める抗議活動が広がるなか、軍の一部がこれに呼応したことでバシールは失脚した。その指導者の一人がブルハンだったのだ。

一方、ダガロ率いるRSFは抗議デモに参加する市民を銃撃するなど、民主化に反対し続けた。

つまり、ダガロやからみてブルハンは「裏切り者」であり、ブルハンからみてダガロは「時流の変化を理解しない守旧派」だった。後にダカロは妥協し、暫定政権に参画したが、その溝は深く残っている。

2.RSFのジェノサイド疑惑

ダガロやRSFは、バシール体制で特に優遇された過去をもつ。

2013年にRSFが公式に発足するまで、メンバーのほとんどは民兵組織「ジャンジャウィード」に所属していた。ジャンジャウィードはそれ以前、悪名を世界にとどろかせていた。スーダン西部のダルフール地方でのジェノサイド(大量殺戮)疑惑があったからだ。

ダルフールでは2003年頃からアフリカ系人の居住地が襲撃され、殺人、放火、略奪、集団レイプなどが相次ぐようになった。その結果、アフリカ系人が暮らしていた土地のほとんどはアラブ系民兵に乗っ取られ、ダルフールではこれまでに30万人以上が死亡し、250万人以上が避難民となったと推計されている。

その実行犯と目されたジャンジャウィードは、バシール体制の既得権益層でもあった。現在RSFを率いるダガロは金鉱山の経営なども行うスーダン屈指の富豪でもある。

だからこそ、ダガロやRSFはバシール体制の払拭を目指すブルハンと相容れないのである。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story