コラム

タリバン大攻勢を生んだ3つの理由──9.11以来の大転換を迎えるアフガニスタン

2021年08月17日(火)09時55分

タリバン大攻勢は、アフガニスタンの政府や軍のほとんどが、有力者の縁故で就職し、ワイロなどで自分の懐を温めることしか考えない者だったことを白日の元にさらした。それは図らずも、アメリカのアフガニスタン政策がほとんど成果を残さなかったことをも浮き彫りにしたといえる。

「メガリッチ」タリバン

そして第三に、タリバンがもはや誰にも遠慮しなくなりつつあることだ。

もともとタリバンは1979年からのアフガニスタン内戦で発生した多くの難民が、隣国パキスタン内で訓練を受けて誕生したといわれる。つまり、アフガニスタンに勢力を伸ばしたいパキスタン政府が、その手駒としてタリバンを育成したとみられるのだ(パキスタン政府はこれを否定しているが)。

そのため、今回の猛攻に関しても、反タリバン派の間では「パキスタンがタリバンを通じて攻撃してきた」という見方が支配的だ。

ただし、パキスタン政府とタリバンの深い関係は確かとしても、アメリカ撤退に合わせてタリバンがアフガニスタンを一気に掌握することは、パキスタン政府にとっても負担が大きい。戦闘の拡大で生まれる難民の多くはパキスタンが引き受けることになるからだ。

むしろ、タリバンが平和的に権力を握る方が、パキスタンにとってはメリットが大きい。だからこそ、パキスタン政府は昨年以来、タリバンに対して再三、アフガニスタン政府と交渉に臨むよう求めてきた。

しかし、それでもタリバンの猛攻が全く収まる気配のないことは、パキスタン政府の影響力がかつてほど強くないことをうかがわせる。その最大の要因は、タリバンが経済的に自立してきたことにあるとみられる。

ネブラスカ・オマハ大学のハニフ・スフィザーダ教授は2020年のタリバンの収入を16億ドルと見積もり、「メガリッチ」と表現する。

この推計によると、パキスタンやサウジアラビアなど海外のスポンサーからの支援が約1億ドル、海外の個人からの寄付が2.4億ドルだったのに対して、麻薬取引(約4.2億ドル)、鉱物などの違法採掘(約4億ドル)、支配地域での徴税(約1.6億ドル)など、タリバンの自前の資金源の方がはるかに多い。

イスラーム武装勢力といえども人間の組織であり、経済的に自立すれば外部から影響を受けにくくなることは必然だ。つまり、「軍事力を背景にした交渉でアフガニスタン政府に譲歩を迫る」というパキスタン政府の方針を、アメリカを撤退に追い込んで意気の上がるタリバンが「まだるっこしい」と捉えれば、「生みの親」パキスタン政府を振り切ってでも一気にカタをつけようとするだろう。

こうして全ての流れがタリバン大攻勢に向かうなか、アフガニスタンは大転換の時期を迎えている。今年の9月11日をバイデン大統領は対テロ戦争の一区切りにしたいようだが、同じくタリバンにとっても大きな区切りになるとみられるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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