コラム

台湾総統選挙にみる一国二制度の歴史的矛盾――帝国の作法、国家の思想

2020年01月14日(火)13時48分
台湾総統選挙にみる一国二制度の歴史的矛盾――帝国の作法、国家の思想

台湾総統選挙で勝利し支持者に応える蔡英文氏(台北、2020年1月11日) Tyrone Siu-REUTERS


・中国の一国二制度は形式的には地域の独自性を認めながら一体性を目指すもので、歴代王朝の皇帝が備えていた帝国の作法に沿っている

・しかし、中国政府は実際には「一つの国家、一つの国民」という近代国家の思想に傾き、地域の独自性より統一性を優先させようとする

・伝統的な帝国の作法と近代国家の思想の狭間に陥った一国二制度は、地域ごとの独自性を保証できないばかりか、中国人としての同化もできない

中国が香港だけでなく台湾でも導入を目指す一国二制度は、伝統的な帝国と近代国家の狭間にあるがゆえに不安定なものといえる。

一国二制度への疑念、独立への警戒

台湾で1月11日に行われた総統選挙では、中国に厳しい態度をみせる現職の蔡英文氏が過去最多得票で当選。中国との融和を重視する韓国瑜候補を破った。

今回の総統選挙は、中国との関係が最大の争点になった。

中国政府は「一国二制度」に基づく台湾との再統一を目指している。これに対して、実際に一国二制度が導入されている香港で広がったデモと混乱を目の当たりにして、台湾の有権者は中国と距離を置くことを選択したといえる。

蔡氏の当選を受けて中国政府は談話を発表し、台湾との平和的な関係を発展させることや、一国二制度に基づく再統一の実現を改めて希望した。その一方で、「分離主義に反対する」と台湾独立への警戒感もにじませている。

帝国の作法とは

このように一国二制度に基づく再統一にこだわることは、「中国が帝国主義的だから」と映りやすい。しかし、見方を変えれば、中国政府はむしろ歴代王朝の皇帝が備えていた帝国の作法に背いているといえる

中国の歴代王朝だけでなく、ローマ帝国をはじめ歴史上の帝国の多くは、絶対的な皇帝を戴きながらも、広い版図を支配するため、各地の権力者にそれぞれ支配を認めた点でほぼ共通した。そのため、帝国というシステムのもとでは一般的に、各地の独自性や少数派の文化・宗教が、一定の条件のもとで存続を認められた。

これらは連邦制や思想信条の自由、少数民族の権利といった近代的な制度、思想とは異なる。しかし、帝国イコール抑圧的、画一的な支配というイメージがシンプルすぎることは確かだ。

中国の場合も、チベットの仏教徒やウイグルのムスリムをはじめ、各地の風俗・習慣を認めたうえで支配する時代の方が長かった。そうでなければ、常に力だけで支配することはコストがかかりすぎ、巨大な帝国を維持できなかったからだ。

これを支配される側からみれば、それぞれの土地柄や文化を存続できるという保証が、帝国の一部であることを受け入れさせたといえる。つまり、支配する側の作法が認められたからこそ、支配される側もついていったのだ

近代国家への渇望

この観点からみれば、現在の中国政府が一国二制度といいながらも香港の独自性を実質的に否定することは、歴代王朝の皇帝が備えていた作法に逆らうものといえる。

帝国の作法に背いた中国政府はむしろ、近代国家になることに軸足を置いている。

ここでいう「近代国家」とは、伝統的な帝国とは対照的に、国内各地の独自性より国内の統一性を優先させるシステムを指す。スペインでユダヤ教徒にキリスト教への改宗が命じられた(1492)のも、革命(1789)後のフランスで公教育におけるフランス語の使用が義務づけられたのも、「一つの国家につき一つの国民」という思想に基づいていた。

このような近代国家は欧米で発達したが、それ以外の地域では形式的にしか普及しなかった。その大きな理由としては、植民地支配された際の境界に沿って独立した国が多いため、欧米以上に数多くの民族や文化を国内に抱えていることがあげられる。

中国に関していうと、例えば神戸大学の王柯教授は中国の「多民族国家体制」を理解するには、近代国家を前提とする視点では不十分と指摘する[王柯『多民族国家 中国』]。

膨大な資料に基づく王柯教授の詳細な研究からは筆者も多く学んでいる(つもりだ)が、ここでの文脈で強調したいのは、つまり日本を含む先進国で一般的な「国家」の理解が中国では当てはまらない、ということだ。

中国ではこれまで、良くも悪くも国内がバラバラだった。少数民族の同化を前提としない自治区制度は、多くの民族や文化を緩やかに束ねあげる制度だ。また、それぞれの省で共産党幹部があたかも「小さな国王」のように振る舞ってこれたのも、帝国支配の名残といえる。

ところが、習近平国家主席のもと、現在の中国政府は中央集権化のなかで地域の独自性をこれまで以上に侵食し、画一化を図ってきた。ウイグル自治区でムスリム弾圧が強化されてきたことも、リベラルな気風の強い香港で愛国教育を導入しようとすることも、中国人としての同化を目指す点で共通する

言い換えると、少数派の同化を強行しながら中央集権化を押し進める習近平体制は、近代国家の思想を優先させている。

一国二制度の矛盾

だとすると、中国政府のいう一国二制度には根本的に矛盾がある。

一国二制度の本来の主旨は、地域の独自性を認めながら一体性を保つことにある。ここでの文脈に沿っていえば、それは帝国的な装いをまとっているといえる。

ところが、香港をみれば、実質的に一国二制度は中国政府の無制限の介入を認めるものになっている。そこには同化を大前提とする近代国家としての方針が色濃く反映されている。

つまり、中国政府は建前としては歴代王朝の作法を維持しながら、実態としては近代国家の思想に傾いている。そのどちらも中途半端であるがゆえに、香港の混乱は長期化し、台湾の危機感は増幅した(だからといって、現代的な人権感覚でいえば、同化を強行するのがよいとはいえないが)。

ここに、伝統的な帝国と近代国家の狭間に陥った中国の姿をうかがえる

天命に背く者の末路

今後の香港や台湾の行方は予断を許さないが、中国政府が一国二制度の旗を降ろすのは難しいだろう。香港や台湾から拒絶されたままでいることは、地政学的、経済的に損失が大きいだけでなく、中国固有の論理からいって自らの存立にかかわるからだ。

中国の古典的な理論でいうと、支配者は中国の周辺部に至るまで影響力を及ぼすことで、その支配が徳のある支配と証明される。逆に、支配者が徳を失えば、天はその者が天下を預かる者と認めず、支配者は入れ替えられる(革命)。

この古くからある考え方からすれば、香港や台湾からの拒絶は中国政府からみて「非礼」であるばかりか、習氏の支配者としての資質が否定されているに等しい。それはひいては中国共産党が天の意思(天命)に背くもの、となりかねない

もし中国政府が歴代王朝の皇帝が備えていた帝国の作法に背きながらも、この中国的な論理に拘泥するなら、香港や台湾の「非礼」を許すことはない。そうだとすれば、中国政府は嫌がられれば嫌がられるほど一国二制度に固執するという悪循環に陥り、香港や台湾の独立の気運を自ら高めることにもなり得る。

伝統的な帝国と近代国家の狭間にある中国の一国二制度は、存亡の淵に立っているといえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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